指栞(ゆびしおり)

すまじきものは宮仕え。

回復に転じたか。

 結局昨夜は自然に体温が下がって六度台になり四日連続の九度台は避けられた。寝酒を飲んだせいかとてもよく眠れる。それって病からの回復であると同時に疲労からの回復でもあるのかなあと思う。目の奥が痛んだり体の節々が痛んだりというのは発熱の症状なんだろうけどいつの間にやら自分の中で疲労を表す記号に置き換えられている。だから気がつくとなるほどオレはこんなに疲れていたんだなという感慨が生まれている。それは厳密に言うと誤解ということになるかも知れない。でも自分を襲っているものの正体が発熱であろうが疲労であろうが要するにそこから回復することの方が重要なので大した違いはない。朝は十時前まで寝ていてそんなに眠れるのはさすがに回復の兆候かなと実感された。ぐっすり寝てたねえと家人は感心している。薬が効いたのか咳も頭痛も熱も収まったそうで安心だ。気分が明るい。僕の方は熱が七度一分とやや不安な滑り出し。子供はずっと早くに起きて中山競馬場へ行った。朝食は昨日と同じロールパンにスープ。食べ終えるとお昼までもうあまり時間がないので仕度をして駅前まで買い物に出る。家人が少しふらふらすると言うので手を引いてゆっくり歩く。振り込まれた月謝を下ろすために銀行へ行ったりアルコールをまとめて調達したりスーパーやコンビニで昼食や明日の朝食の用意をしたり要するに普段通りのことをして帰る。陽射しは強いけど割に寒い日だ。帰宅後は一杯やって食事して昼寝。午後五時過ぎまで寝ている。いくらでも眠れそうな気がするけど夜中に目が冴えてしまうのがいやなので無理矢理起きる。夕飯も近くのコンビニで買う。これから入浴。熱は七度二分。

家人も病院へ行く。

 僕と同じところを朝イチで予約して家人も病院へ行くことになった。正午からだと言う。子供は家人のつくった朝食を食べて出かけた。今日は学校の後にバイトが入ってるので夜になるまで帰って来ない。帰って来ても家には寄らずいつも通り深夜まで塾で過ごすことになっている。僕らとしてはその方が子供にインフルエンザをうつす可能性が減って気が楽とも言える。ふたりとも食欲がないのでロールパンを一個ずつ食べて水を飲む。それから洗濯物を干すのを手伝い子供のベッドを整える。僕は区役所に行って戸籍謄本を取らなければならない。月曜日に年金事務所へ行くのに必要だから。なので午前中にひとりで出かける。書類はすぐにもらえて年金用ということで料金も無料。区役所を出て信号待ちをしてると既視感がある。この時期のこの時間帯の区役所前の信号待ち。十一年前リストラされたときいろいろ手続きが必要で区役所に何度か通ったのとまるで同じシチュエーションだった。あの失業者独特の寄る辺のなさ。仕事がないという不安と仕事が見つからないかも知れないという恐怖。そんな思いが一瞬にして心を満たす。でも今はそれが心を満たすに任せて振り返って今を眺める余裕がある。それはなかなか悪くない気分だ。ただ今でもそれはひとつのトラウマではあるんだろうな。帰宅すると家人が病院に出かけようとしてたので終わったら連絡くれれば迎えに行くから一緒に昼食と夕食を買って帰ろうと伝える。その通りにして昼食。昼食後家人は薬を飲んで一緒に昼寝。アマゾンに頼んでいたアディダスのジャージの上下を一昨日昨日と二日にわたって塾に配送に来たけど不在なので持ち帰ったとステータスに書いてあったので三時半頃起きて塾に行って待つ。待ってる間にやっとクリスマスの飾り付けをすることができる。一時間もせずに荷物も届いて帰宅。ジャージはバイト用。家人は薬が効いたのかすごく楽になったみたいでよかった。夜になって僕はまた体温が上がり始める。昨日まで三日連続で三十九度越えなので今夜もそうなるんだろうか。いい加減にして欲しいんだけど。

夫婦共倒れ。

 インフルエンザ続報。朝になると体温は大体六度台後半まで下がっている。昨夜は十一時頃横になったものの全然眠れずふと目が覚めたら十一時半で夜の長さにうんざりする。それからも三十分ごとくらいに目が覚めるので諦めて三時前に灯りをつけてパソコンで塾の事務作業なんかちょっとやる。しばらくすると目が疲れてきたのでまた消灯して横になる。熱は九度を超えたけど病院で処方された解熱剤を飲んだら八度台まで下がったのには助けられた。子供が朝食を食べて学校に出かけてから家人とふたりで遅い朝食。この頃からどうも熱っぽいようだと家人が言い出す。それでも買い物に出かけて昼食と夕食の用意をしてくれる。その間僕の体温はずっと六度台前半だった。二本電話をかける必要があってひとつは年金の繰り上げ受給の申請にどんなものが必要か尋ねる件。もうひとつは明日病院で検査の予定だったのが行けなくなったので再度予約し直す旨伝える。夕方計ると家人は八度でこりゃ完全にインフルかかったな。僕は今七度七分。お風呂の掃除と洗濯物の仕分けは引き受ける。それから年金事務所から免除申請の用紙がやっと送られて来たので記入してからまるで同じフォーマットなので家人に記入の仕方を教える。こちらは明日投函の予定。昼間から続きを読み始めた平野啓一郎さんの「本の読み方」読了。感想は後日。今はまたちょっと寒けがしている。午後六時を回ったところ。結局家人が九度を超える発熱になった。体温より頭痛の方がひどいみたいだ。熱の方は凍ったペットボトルとか使って六度台まで下がってよかった。でも明日は医者に行って欲しいと思う。夫婦共倒れなので子供だけ寝室にできるだけ隔離するつもり。夕食も眠るのも朝食もすべてひとりでなのでちょっとかわいそうだけどインフルエンザにかかるよりはマシと思ってもらわないと。

それから。

 ひと晩中寒けと熱っぽさがゆるやかな周期で繰り返される。最後の寒けが去った午前六時過ぎ熱は八度五分だった。電気敷き毛布の電源を切りトレーニングパンツをひざまでたくし上げる。時折咳が出るのと熱っぽさが取れないのを除けばそう悪い気分でもない。いずれにせよ家人が強く勧めるので今日は病院に行くつもりだ。
 今七時三十分。体温は七度八分。バイトがない日でよかった。
 八時半。子供がいる部屋には入らないようにして家人とふたり台所で立ったまま朝食をとる。ハムとチーズを入れて軽く焼いたカスクート。おなかは空くので難なく食べられた。
 午前九時過ぎ。体温は六度九分まで下がる。九時からかかりつけの医者の予約ができるので電話する。症状を話していくつかの質問に答えたところ十一時半なら予約が入れられるということだったので了承して電話を切る。朝イチで電話して十一時半かよとちょっと驚く。インフルエンザでなくしかも熱が七度を下回っていれば授業はやろうかなと考えている。そう言えば最近かかりつけの病院を替えた。理由はその前までのかかりつけがなんの予告もなく閉院してしまったからだ。この病院はいつも空いていて予約なんてしたことなかったし熱があってつらいときなんかでもすぐに診断がついてすごく助かってた。ただ確かに医師の衰えみたいなものは覗われた。足腰も厳しそうだったしなんか話が長い割には発音が不明瞭で聞き取りづらくなっていた。そしてある日行ったら看板も何もなくなってた。うちの近くではあるんだけど何かのついでに通る道ではなかったのでしばらく気づかなかったんだと思う。ああいう気楽に行ける町医者というのがなくなってしまうのはとても寂しい。時代の流れなのかも知れないけど。
 午後二時前。検査したらインフルAということだった。処方箋を書いてもらい近くの薬局で薬をもらう。今の薬局は混んでるねえ。三十分近くかかったかな。その間に家賃の支払いを済ませこの前借りようと思って子供の奨学金の口座から下ろしたお金をそっくり預金に返す。これで随分さっぱりした。帰宅してから体温を測ったら六度八分だったのでままよと思って一杯飲む。処方された薬イナビルを二包食後に吸い込んだところ。授業はお休みの旨すでに連絡済み。後は寝たり起きたり。
 夕方に結局また九度三分まで熱が上がる。イナビルなんて全然効かねえじゃん。それでまた凍ったペットボトルを出してもらって脇の下に挟むも熱はなかなか下がらない。脇の下に氷を挟んでるんだから検温はできないんだけど数値を見なくても熱が下がった感じがしない。七時半までそうしていて諦めてペットボトルはフリーザーに戻し夕飯にしてもらう。夜はあまり食欲がない。食べてから昨日と同じようにざぶんと入浴して体を拭いてから熱を測ると八度一分。全然下がらない。寝室に引き取ってこれの続きを書き始めた。今八時四十五分。お風呂に入ってだいぶさっぱりしたけど今の体温は八度六分。また九度を超えてくるつもりなのかも知れない。そしたらまたペットボトルで冷やす。

コロナ越え。

 昨日からのどが変で少し咳が出た。今日になってバイトを終えて帰宅しシャワーを浴びるとなんだか寒けがする。昼食の後昼寝して起きたら熱っぽい。計ると八度くらいある。ちょっとつらいので連絡して塾はお休みにしベッドで横になってると計る度にどんどん熱が上がって行き夕方には九度七分とコロナのときの九度六分を越えた。家人に凍らせたペットボトルを出してもらいコロナのとき同様そけい部を冷やしてみるも熱は全然下がらない。やばいかなと思って救急外来に電話すると夕方からの熱ではインフルエンザの検査はまだできないし来てもらっても解熱剤を一日分処方するだけだとコロナのときとまるで同じことを言われる。それじゃあ行ってもしかたないので結構ですと言って電話を切る。そけい部が駄目なら脇の下はどうだと思いついて家人にもう一本凍らせたペットボトルを出してもらい両脇に挟んでみた。すると一時間ほどでかなり楽になったような気がした。それで結果的には六度八分まで下げることができた。おなかが空いたのでいつもより少なめにパスタを食べ冷たい水をごくごく飲む。それからお風呂にざぶんと浸かる。今は寒けはしないけど熱っぽさはまた戻って来ている。今計ると七度九分。じりじり上がるかも知れない。のどがそれほど痛くないのでコロナじゃない気がする。インフルエンザかなあ。だとすると仕事はどちらもしばし休まなければならない。それはやなんだよなあ。明日の朝けろっと治ってればいいんだけど。そう言えば今日バイト仲間のうっちゃんが出産後初めて職場に顔を出した。元気そうでよかった。でも帝王切開の傷はまだ痛むんだそうだ。早くよくなるといい。

年金について。

 年金の繰り上げ受給についてこの前年金事務所に相談しに行ったら予約しないと受け付けられないと言われたことは前に書いたと思う。その後電話で予約を入れてもうすぐその日がやって来る。それとは別に十年ちょっと前に会社を辞めてからずっと免除されてた年金の支払いが昨年はまったく免除されなかったという一件があった。所得なんてちっとも増えてないのになんで昨年に限って免除されないのか特に説明もないし送られて来た免除申請の葉書を送っても梨のつぶてで納付用紙ばかりがこれでもかというほど繰り返し送られて来る。そんなの納めるお金はうちにはないしどうしていいかよくわからないので無視してたら最近になって期日までに納めないと差し押さえに来ると空恐ろしいことを言い出した。それで子供の学費に充てなければならない奨学金まで含む本当になけなしのお金を先方の言う通り納める気でいた。実際に奨学金を下ろしても来ていた。年金の受給が始まってしまえば子供の学費はなんとかなるんじゃないかと踏んだからだ。ところが今日になって家人が自分の分の年金に関して年金事務所に電話して尋ねたところ全額ではないかも知れないが免除の可能性があると言われたと言う。免除の申請用紙を送るからできるだけ早く返送して欲しいとのことだった。それで僕もちょっと欲が出てダメ元でいいので電話してみた。するとやはり免除の可能性があるので送られて来た用紙に書き込んで返送しろと言う。なんだよ。早く言ってくれよ。と思ったけどまだ免除になると決まった訳じゃないし免除されても全額ではなく一部に留まるかも知れない。それでも可能性がまったくないよりはずっとマシだ。とりあえず書類を返送して成り行きを見守ろうと思っている。

ついてない。

 アンのコンサートといいハーロックの交響組曲といい最近あまりついてない。凶ひいたからだな。でも今日は「あしたのジョー2」の第一話をユーチューブでたまたま観たらいやいや涙が止まらない。かっこいいってこういうことさ。ポルコ・ロッソとキャプテン・ハーロック矢吹丈はかっこいいな。

買ってみる。

 塾では毎年ゲーム「MOTHER」の卓上カレンダーを使っている。その前はUNITED BEESというメーカーのやはり卓上カレンダーを使っていてこれはシンプルなデザインもいいしちょっとしたことが書き込めるので重宝していた。たとえば定期考査や夏期講習の日程とか生徒さんのお休みとか振替授業とか。ところがこの会社は今はなくなってしまったんじゃないかと思う。何年か前からカレンダーを見かけなくなった。(ちなみに同じ会社のペンケースも持ってる。帆布でできた素朴なデザインですごく気に入ってる。)それで池袋のLOFTで「MOTHER」のカレンダーをたまたま見つけてこりゃいいものがあったと思ってすぐに買った。以来それを愛用している。今年はアマゾンで買おうと思ってカートに入れておいたんだけどそれだけでは送料無料にならないのでしばらくほっといた。それが昨日だったか「赤毛のアン」のCDについて調べてるうちにテレビシリーズ「宇宙海賊キャプテン・ハーロック」の交響組曲というCDを見つけてどうしても欲しくなった。これのカセットテープ版を中学生のとき持ってて結構よく聴いたからだ。そんなのもう二度と手に入らないだろうと諦めていた。大体誰がハーロックの交響組曲なんて今どき聴きたがるだろう。と思ってたらいくつかレビューが付いてて驚く。同じ頃「クイーン・エメラルダス」のドラマかなんかを収めたカセットテープも持っててそれもとてもよく聴いた。挿入歌に「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌を歌われたささきいさおさんが歌う「星の旅人」というのがあった。大山トチロー目線で星の間をさまよう孤独をテーマにした曲で歌詞も曲もとてもよかった。歌詞の方はさすがにだいぶ怪しくなったけどメロディーは完全に覚えている。こちらもアマゾンで探してみたところCDにはなってないようだった。残念。劇場版「銀河鉄道999」をご覧になればわかるけど大山トチローはキャプテン・ハーロックの親友でアルカディア号の設計者。そしてエメラルダスに愛されているという設定になってる。テレビシリーズ「宇宙海賊キャプテン・ハーロック」にはトチローの忘れ形見「まゆ」という女の子が登場する。ということは「まゆ」を生んだのはエメラルダスという線が濃厚だ。もっともテレビシリーズのハーロックにはエメラルダスは登場しないので真偽のほどはわからない。こういうことをひとりでやや興奮しながら書いてると一生青春というのもあながち無理じゃないかもという気がしてくる。ちなみに「赤毛のアン」の放映も劇場版「銀河鉄道999」の公開も1979年。ついでに言うと「ルパン三世 カリオストロの城」(通称「カリ城」)の公開も「機動戦士ガンダム」のファーストシリーズ放映も1979年。1979年は、すごかった。

本当のこと。

 昨日だったかバイトの途中に十一月採用というなかなかレアな時期に入ってきた新入社員さんに話しかけられた。話しかけられたと言ってもこの人にここの部署での仕事を教えたのは僕なので別に初めて話をするという訳じゃない。この前ちょっと見ちゃったんですけど○○さん(僕のこと)って高木さん(「からかい上手の高木さん」のこと)のファンなんですかと言う。たぶんスマホのケースを見たんじゃないかと思う。ああそうですと答えると自分もですと言う。それでちょっとだけ意気投合して話してたら彼(男性なので)が言うにはああいう誰も悪い人がいないお話ってよくないですかということだった。そう言われてみてすごく複雑な気持ちにさせられた。そうかオレは誰も悪い人がいない物語にこれほど強く惹かれていたのかというのがひとつ。でもそれってオレのベースをなす考え方と相容れないんだよなというのがもうひとつ。それは矛盾だ。誰も悪い人がいない世界なんてどこにもない。当たり前だけど。他ならぬオレ自身が悪者でありうる。でもそういう世界がないという現実とそういう人になりたいという思いの間には当然矛盾が生まれる。なんかさあブログのシメに「最後まで読んでいただきありがとうございました」とか書いてあるじゃん。そんなにいい人でいたいんですかという気がする。つまりアニメの「誰も悪い人がいないお話」は「誰も悪い人がいないブログ」というのと軌を一にしてるんじゃないかという気がするんだよね。当たり障りのないことしか書かない。いい人でいられることしか書かない。僕は書きたいことを誰にも気兼ねなく書くよ。これからもずっとね。

「赤毛のアン アニメコンサート」に行く。

 「赤毛のアン アニメコンサート」の夜の回に行って来た。結果としては期待はずれだったかな。まず生のオーケストラの圧倒的な音質もしくは音量を期待してたのにそれほどでもなかった。前にも書いた通り1981年にこのアニメシリーズが再放送されたときに全話をカセットテープに録音しそのときは高三の受験生だったんだけどその後二浪が終わるまで二年半にわたって勉強しながらみっちり聴き込んだのでおそらく僕ほどそのBGMやセリフに対して深い記憶を持ってる人はそうはいないんじゃないかと思う。その立場から言わせてもらうと今回のオーケストラはよく言えば再現性が高すぎ悪く言うとオリジナルの焼き直しにしか聞こえず聴いててあまり豊かな体験とは感じられなかった。オリジナルを多少逸脱してでも新たな解釈とか編曲とかあればよかった。もっともそういうことをすると僕みたいなヤツが出てきてなんでオリジナル通りにやらないんだとかいちゃもんをつけられるのかも知れないけど。それから動画。大スクリーンに映し出されるのはいいとして場面がオーケストラの奏でる曲とは必ずしもリンクしてない場合もあって興を削いだ。ストーリーとしては駆け足過ぎて観客がゆっくり浸る暇がないし意味不明な静止画も多かった。マシュウのセリフはほんの少しだけマリラに至ってはセリフはまったくなしという無理も裏目に出たしその結果ナレーションレベルが多すぎて情緒の深さという面ではマイナスに作用した。ナレーションが羽佐間道夫さんでなかったのも致命的だ。まあそれは望みすぎかも知れないけど。救いはアン役の山田栄子さんと主題歌や挿入歌を歌われた大和田りつこさんのトークショーで山田さんは最初から緊張のあまりなのか感極まってなのか言葉がスムーズに出て来ないのがダイレクトに伝わって来て好感を禁じ得なかった。アンのオーディションのお話とかアン役に宮崎駿さんは島本須美さん(「カリ城」のクラリスとかナウシカとか)を推してたのに監督の高畑勲さんがもっと変な声の持ち主がいいと言って山田さんに決まったお話とか高畑監督から一度だけ駄目出しされたお話とかおもしろかった。大和田りつこさんは全部で三種類のそれぞれにあでやかなドレスで登場なさりながらエンディングテーマ「さめない夢」やタイトルはわからないけど挿入歌の「あしたは~どんな日~誰がわたしを呼んでいるかしら~」と「覚えていて~ダイアナ~」と「赤い髪の女の子~探し~に~お出~で~」を歌われて最後にオープニングテーマの「聞こえるかしら」を歌われた。「聞こえるかしら」はほんとに独特な曲だ。まずフルオーケストラなのにサックスが重要な役目を果たしている。クラシックとジャズの融合みたいな。間奏の間(ま)の取り方もとても独特だ。今聴いてもとても新鮮だよなあ。としばし感じ入る。ということですいません行かなくてもよかったという感想になりますかね。休憩時間に飲んだグラスワインの赤はおいしかった。

昨日の続き。

 それでリアルタイムで言うと一昨日の木曜日バイト終わりにシフト係のしーちゃんと話すことになった。もちろんバイトが終わったら一目散に帰ってしまいたい訳だけど事情が事情なのでまあしょうがない。できるだけ手際よくこちらの考えを伝えて長引かせないように心がけるしかない。それでお昼過ぎに事務所へ行くとここではなくミーティングルームへ行きましょうとしーちゃんが言う。立ち話かせいぜい事務所の隅の応接スペースで済むんじゃないかと思っていたのでこりゃ思ったより大げさなことになったかなとちょっとびびる。しーちゃんの後についてミーティングルームへ行き腰を下ろすとこの度は誠に申し訳ありませんでしたと言って深々と頭を下げられる。いやいやいやいやそういうつもりじゃなかったのでたぶん誤解されてると思うんですけどと話し始める。自分はただ働きが嫌だと言ってるのではない。いやただ働きはもちろん嫌なんだけどそれよりこの働き方をしてると社員に余計な負担を強いることになるんじゃないかと思ってそのことの方が申し訳ない気がする。要するにイレギュラーな作業をさせてる訳だから。それくらいなら計上されてない七時間半もなかったことにしていいので今後はこのからくりを使った仕事の仕方はなしにする方がいいんじゃないかと思う。しーちゃんの言い分としてはまず計上されてない七時間半について自分たちとしてはきちんと支払わなければならずそのための策はすでに講じたので安心して欲しい。毎日のようにシフトに入ってくれるのは僕くらいしかいないので自分たちとしては大切に扱いたいと思っている。明日までの七連勤についても必ずどこかにつけるので明日は就労時間を記録せずにシフトに入って欲しいということだった。それでいいならこちらとしては異存はないと伝えた。その他に何か就労上で問題があるか。たとえばこのスタッフに困ってるとかそういうことがあれば言って欲しいと言うので最近入ったおじさんバイトがうざいと言おうかと思ったんだけど個人攻撃は止めた方がいいと思ってじゃあ言わせてもらうけどふたり態勢がたまにあるのは構わないが三日とか続くときつい。就労中にまったく休みがないのが何日も続くとさすがに疲れが溜まるから。とか言ってもそれはしーちゃんに訴えてもどうにもならないことだというのはわかってたのでいやそれは言ってもしょうがないことだとはわかってるんですけどと付け加えた。善処したいとしーちゃんは言った。それでじゃあ改めましてこれからもよろしくお願いしますということで十五分くらいで話し合いは終わった。こちらとしてはまあまあこれくらいならという許容範囲内の時間に留めることができてよかった。でも自分が会社で大切に扱われてるとは思わなかった。確かにしーちゃんは気を遣ってくれてると思ってたけど。結論としてはしーちゃんがいる間はバイトを続けようということになる。しーちゃんが異動とかでどっか行っちゃったら少し考えなければいけなくなるかも知れない。

今日まで七連勤。

 バイトは今日まで七連勤。疲れた。酔っ払ってるしもういいですか?もう寝てもいいですか?と思ったんだけどここ数日書きためてたのをアップします。

 バイトは会社から七連勤以上が禁じられてることは何度か書いた通りだ。じゃあ十五連勤とかしてるお前はどうなってるんだと言うとそこにはからくりがある。土曜日はよく午前中と夜のシフトに入る。この場合タイムカード的なシステム(タブレットの専用画面に出勤時刻と退勤時刻を記録する。)には朝出社したときと夜退社したときの二回だけ時刻を記録すればいいことになっている。すると土曜日の一回目の退勤と二回目の出勤の間タイムカードには記録されてるのに実際には就労してない時間帯というのが生じる。そこに別の日の出勤分を入れちゃう訳だ。土曜日以外の数時間の出勤がここに収まってしまえば記録上土曜日にすごく長く就労したことにして出勤した別の日を休んだことにできる。もちろん休んだことにする出勤日には出勤時刻も退勤時刻も記録しない。実際の七連勤も見かけ上六連勤にすることができる。元々はシフト係のしーちゃんじゃなくもっと上の人から明日どうしても手が足りないから入ってくれないかと持ちかけられたのがきっかけだった。七連勤になっちゃうので駄目ですと答えるとこのからくりの使い方を教えてくれた。そういうのを上が推奨するのもどうかと思ったけどそのときはいくらでも就労時間を延ばしたかった(つまり本当にお金に困ってた)のでふたつ返事で引き受けた。その後も月に一、二回はこの手を使って七連勤以上した。それで八月までは何の問題もなかった。先月九月分の給与明細が出たときに自分でつくったエクセルの勤務表と見比べたら七時間半勤務時間が短いことに気づいた。しーちゃんにラインで問い合わせていろいろ協議した結果からくりを使って出勤した二日分の三時間半と四時間の計七時間半が抜けてることがわかった。ご迷惑をおかけしましたとしーちゃんは言ってきていた。よかったらこの七時間半は十月分に入れますからと。それでいいですと答えた。ところが今日来た十月分の給与明細には十月に実際に入った就労時間しかカウントされてなかった。別に腹が立ったとかそういう訳でもなく逆にこのからくりを使うと社員さんの手間を増やして迷惑をかけてしまうんじゃないかと思われた。家人はお人好しとか言うけどそういうんじゃなく誰かの迷惑になるのが病的に嫌いな質による。それでしーちゃんにラインした。九月の七時間半は十月分にも計上されてなかった。それはもう諦めろと言うなら諦めてもいい。今も七連勤中だが手配が面倒ならどこか一日休みにしてもらって構わない。それからこのからくりは今後使わない方がいいんじゃないかと思う。一バイトに対してそこまでケアするにはあなた方社員は忙しすぎるように見えるからだ。ほどなくして電話が鳴ってそれはしーちゃんからだったんだけど僕は電話というのが嫌いだし昼食後で酔っ払ってもいたので無視した。すると直にお話ししたいので何時くらいなら電話していいですかとラインが来た。夕方塾が始まる前になってこれから本業なので今日の電話は無理だから次に会えたときに話したいと伝えた。するとじゃあ明後日の僕のバイト上がりのときにと返信が来た。それでいいと返した。(以下続く。)

もうひとつの「スタークロスト・ラヴァーズ」。

 「スタークロスト・ラヴァーズ」という曲名が薄幸な恋人たちという意味でロミオとジュリエットのことを指すというのは村上春樹さんの「国境の南、太陽の西」で知った。この小説も正にスタークロスト・ラヴァーズのお話と言っていい。刊行されてから随分経つのでネタバレを気にせずにいろいろ書いても構わないのかも知れない。でもまあいつもの通り読んだことのある方にだけ伝わる(あるいは読んだことのある方にさえ伝わらない)判じ物めいた感想を書こうかと思う。読みながら何度か夏目漱石の文体に似てるなと思わされた。漱石を読むと線的な文の進みの中に立体的な心理の見取り図とでも呼べばいいものが詰め込まれてる印象を持つ。漱石ほどはっきりした形じゃないかも知れないけど似たような構造体が文の中に透けて見える気がした。それから言い切りの勢いのよさやある種の隠喩の使い方なども漱石を思わせる。この作者の作品は過去いくつかは読んでいる。でも随分前のことなのでこんな文体だったかなとちょっとだけ首を傾げた。もしかしたらこの作品のための文体なのかも知れない。ある頃以降の漱石の文体は複雑なことをできるだけ平明に表現する特性を持ってると思う。だからこの作品が扱っているひどく込み入った事情には漱石に似た文体が有効という判断なのかも知れない。まあもちろん文体の決定なんてそんなに簡単な話じゃないだろうけど個人的には読みやすい文体だと思った。あとは一箇所物語のかなり重要な節目でおいおいそりゃいくらなんでも無理なんじゃないのという展開があった。いくつかの偶然が積み重なり愛し合うふたりを引き裂こうとする一瞬の悪意がつけ込む隙間が現れる。リアリティーという点でこれでいいのかねと個人的にはちょっとひっかかった。その一箇所を除けば物語のダイナミズムも様々な登場人物の像の厚さも構成の複雑さももう申し分ない作品のように思われる。テーマのひとつである記憶についての考察も興味深い。音楽そのものを言葉に置き換える作業は随分難しいと思うけど無理がなく自然なものに感じられる。それとマチネの終わりのシーンじゃそりゃ泣かずにはいられないよね。という訳で結局泣いた。本を読んで泣くのは本当に久しぶりだ。未読の方は是非一度お手にとってみて下さい。ただしエリートのジャーナリストや才能豊かな音楽家キリスト教リルケの詩の話をしたりしてある種のスノビズム色は濃厚なのでそういうのが苦手な方にはお勧めできない。家人なんかは絶対に楽しめないと思う。それから人知れず抱えた自分のいちばん深い苦悩については愛する人にでもなかなか打ち明けづらいものなんだろうかとちょっと考えさせられた。僕なんかなんでも話しちゃうけどお前の抱く苦悩なんかたかが知れてるだろと言われるととりあえず言い返す言葉が見つからない。

続報。

 バイト仲間のうっちゃんのご出産の続報。今日もグレートマザーまーさんと同じシフトに入ってたらうっちゃんのご主人が姿を見せた。すぐにふたりで駆け寄って行きおめでとうございますと伝えた。お子さんは体重二千グラム身長四十センチ強だったそうで確かに少し小さいようだ。今後一ヶ月くらいは入院していないといけない見通しだと言う。うっちゃんは一週間ほどで退院できるらしい。帝王切開の傷というのがどれほどのものか想像もつかないし何しろ小心者なのでうっかりウェブで検索して画像でも出て来ちゃったら深刻なトラウマになりそうでできそうもないけどその程度で退院できるとは思ってなかった。世界は日々進歩してるということなのかも知れない。ご主人は介護職で夜勤なども多い人だ。でも破水したときにはたまたまおうちにいたそうでそれもとてもラッキーだった。手術の間誰もいない病院の廊下でずっとひとりで待ってたそうでそのときの気持ちはほんとによくわかるなあ。でも今日はとてもほっとした顔だった。それを見て心からよかったねと思った。ローテーション的に僕はすぐに現場に戻らなければならなかったけどその必要のなかったまーさんはそれからもしばらく話をしていたようだ。とにかく無事に育ってくれることを祈っている。