指栞(ゆびしおり)

すまじきものは宮仕え。

分子と分母。

 小学校3年生の男の子に分数を教えていて、お母さんが子供をおんぶしてるから下が分母、上が分子なんだよと言ったら、お父さんはどこにいるのと尋ねる。あーこのお話にはお父さんは出てこないんだと答えると、きっとお父さん先に帰っちゃったんだよ、お前たちとは一緒に帰んないって言ってと言う。かわいいんだけどちょっと気になる。もしかして君のお父さんってそういう人なの?

100分で名著「カラマーゾフの兄弟」

 NHKEテレの番組「100分で名著」をたまに見ている。その前の「グレーテルのかまど」が楽しくていつからか習慣にして見始めたら続いて始まるこの番組も流れで見ることが多く見ているうちに割に興味深く思えたからだ。テキストまで買って本腰を入れて見たのは「バラの名前」が最初だった。もっともその番組でいちばん衝撃だったのは現在の訳書が結構怪しい訳なんじゃないかということだったけど。今回の講師は光文社古典新訳文庫から「カラマーゾフの兄弟」の新訳(と言ってももう13年も前のことだけど!)を出された亀山郁夫さん。あのときはプチ「カラ兄」ブームになったと記憶している。僕も買って読んだことはこのブログでも触れた。若い頃だったら名作について100分で解説するというコンセプトそのものを心から嫌ったに違いない。そういう形での啓蒙というのはお手軽すぎると。でも今ではそんなの大きなお世話だと思うし個人的にはすでにその作品を読んでるのだからどこからどんな情報が入ってきても特に問題はない。新しい説が聞けたり解釈が深まったりすればそれでいい。と言うかある作品に対する全体像というのを明確に結ばせるのは本当に難しくて解釈が深まるどころか忘れていたことを思い出させてもらうだけでも充分有意義に思えるしとても楽しい。名著を、特に大部のものを読むということは折に触れてそこへ戻って行く時間を持てることなんじゃないかと思う。その意味で、学びてときにこれを習うまた楽しからずやというのはこういうことを指してる気がする。

あいたい。

 もう一度だけ誰かにあえるとしたら誰にあいたいですかって質問があるでしょう、たいていの人が亡くなった人の名前を挙げるけどわたしは小さい頃の〇○〇〇(子供の愛称)にあいたいなと家人は言う。ほんとだなあとしみじみ思う。きっとすごくかわいいことだろう。もっとも今の体重90キロ近い子供もどんなときの子供ともまったく変わらず本当にかわいいんだけど。

学部選び。

 子供は中学校の途中くらいまで本気で新幹線の運転士になりたいと思っていてそれに特化した高校へ行きたがっていた。調べてみると大学を出てJRならJRに就職すると現場ではなく管理職みたいな仕事に回される場合が多いらしくだから高卒で就職した方が子供の希望には適してるようだった。家人はそれでも全然構わなそうだったけど僕は一応子供には四年制の大学に行ってもらいたいと思っていた。なんとなくだけど。それが途中からいろいろなものに興味を持ち始めて鉄道関係がだんだんフェードアウトしていった。演劇にはずっと興味を持っていたし大学駅伝やプロ野球を始めとするスポーツ観戦にも熱を入れていて自分で調べたらしく知識もすごい。そんなこともあって普通科の高校に行きたいと路線変更してまあまあの都立高に受かった。高校に入ってからは一時期将棋にすごくはまって亡くなった棋士の実家が見たくて大阪まで夜行列車で行ったり、ニューイヤー駅伝箱根駅伝を見るため元日から三日間群馬県から箱根まで飛び回ったり(毎晩遅く帰宅しては翌朝早朝にまた出かけて行く。)と旺盛な行動力を見せ始めた。この間棋士になりたいとかスポーツのライターみたいな仕事をしたいとかも考えたらしい。家人の影響で小説を書くことにも興味があるらしく僕の本棚から保坂和志さんの書かれた小説入門を抜き出して読んだりもしていた。でも前にも書いた通りいちばん長く続いた希望は演劇に関する仕事をしたいということでこの前まで演劇科のある文学部に行きたいと言っていた。それがつい最近特に文学部でなくても構わない、どちらかと言うと経済とか商学部とかそういうところへ行きたいと言い始めた。演劇は学外でもできるしそれよりは自分の仕事できちんと食べられるようになりたいと言う。僕より一万倍くらい正しい学部の選び方だと思う。夢は夢として現実は現実として分けて考えるところは若干物足りない感じがしない訳でもないけどそれが今の若い人の考え方だと言われるとそうなのかなという気もする。どのくらいのレベルまで行けるかわからないけど行けるところまで行ったらいいと思う。

修羅場が終わる。

 家人が原稿を書き上げておそらくこれまででいちばん長かった修羅場が終わった。午前中は最寄りのJRの駅界隈の二軒の中古ショップで値段を比べて安かった方で少し前に出たんだけど締め切りがあるので買わずに我慢していたゲームソフトを買った。それからいつもの西友へ行って食料品を買ってルーティーンでパン屋さんと安いお弁当屋さんに寄って帰って来た。帰ると家人はプレステ4にソフトを入れて差分だかなんだかをダウンロードしている間(十分以上かかる。)にこれまたしばらく読むのを我慢していた小野不由美さんの「十二国記」の最新刊を読み始める。僕はなんかここ二年くらい時間をかけて繰り返し断続的に読むともなく読んでいる新潮文庫版の「老人と海」を開いて酎ハイを飲む。家人はゲームを少しプレイしてから適当なところでやめてお弁当。そして昼寝。いつもと違って微妙に緊張感をはらむ日々が終わりのんびりした空気が戻って来たのを感じる。明日から池袋のヤマダ電機で五百円以上何か買うとポムポムプリンのマグがもらえるという知らせの葉書が届き家人が欲しがっているので明日は池袋へ行く予定。(今回のエントリは予告とは内容を変更してお送りしました。)

上智の思い出。

 現役の時は東京外国語大学と早稲田の一文と教育を受けて全部落ちた。一浪の時は国立を諦めて早稲田と慶応を合わせて七学部くらい受けて全部落ちた。内申書をもらいに行った高校でお前早慶だけで滑り止めは受けないのかと尋ねられ早慶しか行くつもりはないと答えた記憶がある。偏差値から言うと受かる可能性が全く無いでもなかった。二浪目は早慶を何学部かと上智の文学部と明治の文学部を受けた。明治が滑り止めのつもりだった。上智の一次試験の筆記は英語も国語も世界史(世界史選択だったので。)もすごく素直な問題で手応えもよくこれは受かったんじゃないかと思ったらほんとに受かっていた。二次試験の面接でドイツ人の教授(ドイツ文学科を受けたので。)からされた質問を今でも覚えている。小さい子向けの童話のようなきれいなきれいなお話は、なんのためにあると思いますか。大人になれば現実をもとにしていろいろなことを考えなければならないけど、子供のうちは架空のお話をもとにしていろいろ自由に空想していい。つまり大人になって思考するための訓練をしているんだと思うと答えた。最後に日本人の教授から上智は子供っぽい学生も多いけどがんばって下さい、と言われた。合格だった。合格発表を見た後だったかキャンパスから四ッ谷駅へ戻る道すがら大学のチャペルの鐘が鳴っていてその音がとてもきれいで感動した。これが自分の行く大学なんだと思った。とても寒い日だった。
 それですっかり上智へ行く気になって早稲田の合格発表も見に行かなかったら当時六部屋ある浪人生向けの賄い付きの下宿にいたんだけどその下宿人のひとりが法学部の合格発表に君の番号があったような気がすると教えてくれた。一緒に出願したので受験番号が近かったんじゃないかと思う。それで翌日見に行ったらほんとに番号があった。すでに上智の入学金も何十万か親に払ってもらっていたのでどうしようか迷ったんだけど電話して尋ねると早稲田の方がいいんじゃないか、お金のことは構わないからと言うので早稲田に行くことにした。僕としてはできるだけ偏差値の高いところへ行きたかっただけでほんとは法律なんかより文学に興味があったんだけど(ここのところ次のエントリの伏線になってます。)。このとき上智へ行ったか早稲田へ行ったかで人生はがらりと変わったような気もする。誰にでもこういう分岐点はあると思うんだけど僕も就職とか怪我とか彼女と別れるとかでその都度人生が大きく変わった。そのときそのときで最良の選択をしたはずなんだけど最良の人生にはならなかった、という考え方はしない。理由は昨日のエントリと同じ。
 ところですごく素直と思っていた上智の入試問題だけどこの前子供が高校の図書館から借りて来た赤本を見せてもらったら全然素直じゃない。つかもう難しくて解こうという気にもなれない。せっかくの学力も廃墟のように荒れるがままになってしまったわけだがその廃墟にあちこち手を入れながらなんとか今の仕事をこなしてることになる。

オフコースの「Yes-No」をもう四十年近く聴いている。

 オフコースのベスト盤からさらにお気に入りだけを抜き出してまとめたCDを生徒さんを待ちながら塾で聴いていたら子供が高校から帰ってきた。直にうちに帰る場合も塾に寄って勉強してから帰る場合もある。「Yes-No」がかかったので思いついてこれはパパが高二の時に流行った曲だよ、もう四十年も聴いてると言うと今聴いてる曲を四十年後も聴いてるか自信ないなと言う。そうかも知れないけど本当に好きなら四十年後も五十年後も聴くんじゃないかなと思ったけど口には出さなかった。高三にとって四十年なんて永遠とほぼ同義だろう。
 その夏はオフコースの「Yes-No」と長渕剛の「順子」がとても流行っていた。親友のSSと共に安宿に泊まりながら三週間にわたって駿台予備校の夏期講習を受けていた。市ヶ谷校舎の窓から強い西日が差し込んでいたのをとてもよく覚えている。四十年後のことなんて何も考えてなかった。ただ東京の大学に入りたいとだけ強く強く思っていた。もしかしたらそれこそ人生最初で最大の誤りだったんじゃないかという気もするけどそうは考えないようにしている。確かに今の暮らしはきついけど大切なものもあるから。

仕事はあるんだろうか。

 中三の女の子が土曜日にやって来たので尋ねたらこの前の数学の問題は正解だったということでまあよかった。
 先週の電話での面接の件は駄目なら一週間以内に連絡が来るという話で昨日で一週間経ったので不採用ではなかったんじゃないかと思われる。でも首尾よく近くに家庭教師先が見つかるかどうかはわからない。大体勤務先が近くにあると言うから応募してるのに行ってみると話が違う企業が結構あってそれはないんじゃないかと思う。思うけどそれもまた現実なのでごねたところで始まらない。条件が合わなければこちらが引き下がるしかない。とか言ってるうちに11月も下旬が近づいて来た。11月を乗り切れば12月の下旬には冬期講習の受講料が夏期講習ほどではないにせよ入るからちょっとひと息つけるかも知れない。子供の大学受験の受験料も用意しなきゃならないし。家人はまた一週間締め切りを延ばしてもらっていて修羅場感は若干薄れてるけど見てるこちらもやや疲れてきたので早く終わってくれるといいなと思っている。ただ何年か前に書き始めた頃より書くスピードというのは確実に落ちているんだそうだ。年を取るとはそういうことでもあるんだね。

またひとり。

 家人が編集の人や他の作家の人たちとランチということで午前中から出かけた。多いときで月に一回少なくても二ヶ月に一回くらいはそういうことがある。一緒に旅行しないかとか誘われているらしいけどそれは断ってるそうだ。割に潔癖なところがあるので女同士でも同部屋の宿泊は避けたいらしい。それはさておきそういう訳で今日もまたひとりで出かけることになった。現状池袋の西友でしか手に入らないお気に入りの缶酎ハイをまとめて買いに行くとか、駅前のスーパーでお弁当を買うとかその両方にするとかいろいろ選択肢はあったけど、この前も触れたとても安いお弁当屋さんに昼食を買いに行くことに決めた。いちばんお金がかからない選択肢だ。歩くと往復で小一時間かかるけど歩くのは全然平気だしただ歩いてる分にはヒザもそれほどは痛まない。11時前に家を出て駅まで家人を送り銀行で用を済ませてから出かけた。昨日より随分寒いと聞いていたけど昨日と同じような長袖のシャツの上から綿のパーカを着て歩くとすぐに汗が出て来る。このごろどうも体温調節が変になってるようで何かというと暑くて汗が出る。お風呂上がりなんてかなりの時間冷たい空気に触れてないと体が冷めない。男の更年期ということになるかも知れない。と言っても今のところ症状と言えるのはそれくらいなのでほっといている。パーカを脱ぐのも面倒なのでそのまま歩いた。お弁当を買って帰り道に昨日も触れたチェーンの小さなスーパーの、昨日の二軒とはまた別のお店に行き昨日と同じ缶酎ハイと大根サラダ、それに思いついてちりめんじゃこの小さなパックを買って帰宅。お風呂の掃除をしてからシャワーを浴びて大根サラダにちりめんじゃこをかけて食べながら酎ハイ。それからお弁当。昼寝した後洗濯物を取り込んで畳んでから用意して教室へ。
 何日か前の授業で中三の男子生徒からこの問題がわかりませんということで数学のプリントに関する質問を受けた。するとこれがまた難しい問題で解くには解けたんだけど30分くらいかかり正解かどうかも若干疑わしかった。こう考えるより他に解法はないと自分なりには思うんだけどもしかしたらどこかに死角があるかも知れない。その生徒さんが今日またやって来たのですかさずこの前の問題どうだったと尋ねると正解でしたということでとりあえずほっとした。ところが同じ学校に通う同じ中三の女子生徒がその同じプリントを持って来てこれがわかりませんと、先の男子生徒とは違う問題を昨日質問しに来た。するとこれまたえらい難しい問題でやはり解くのに30分以上かかった。こちらも自分なりには正解だと思うけど百パーセントの自信はない。明日またその女子生徒がやって来るので正解だったか尋ねてみなければならない。これが塾の講師のいちばん大変な場面だと思う。わからないとは絶対に言えない。でもこんな難しいプリント宿題に出したって普通の中三じゃ解けないと思うよ、まじで。

修羅場は続く。

 天候が荒れるという予報だったので昨日の買い物で今日一日外出しなくても済むようにいろいろ買って来た。地方によっては実際荒れたみたいだけどこのあたりは朝早いうちに雨もやんでしまい薄日が差し始めた。家人は今日外に出ないで仕事をする心づもりだったようなのでまたひとりで出かけた。最寄りのJRの駅の界隈まで歩いて行った。昼食も夕食も用意があったので特になんの用という訳ではなかったんだけどまあ暇なら出かける。家人からはできれば明日の朝食の分のパンを買ってきてくれるとうれしいけどそのためわざわざ寄り道をするようなら無理しなくていいと言われていた。それで始めにチェーンの小さなスーパーへ行って寝酒のための焼酎と酎ハイを一本と最近気に入って食べてる大根のサラダのパックとペットボトルのジャスミン茶を買った。それらをバックパックに詰めてから量販店に行って家人がずっと飲んでいるココア味と紅茶味の豆乳の小さなパックとポテチ(干物妹うまるちゃんに言わせれば「ぽていと」)を買った。塾用の飴も買いたかったんだけど生徒さんたちにウケのいいのが売り切れてたので諦めた。それから家人と一緒なら座って飲み物を飲む商業施設内のベンチに座ってジャスミン茶を飲んだ。ここは昼間でもスーツ姿の人とか休んでて結構なにぎわいだ。同じ施設内のスーパーで家人に頼まれてたパンを買って帰路につくと途中で子供の夜食を買い忘れているのに気づき、ちょっとだけ遠回りしてさっき行ったばかりのチェーンの小さなスーパーの別のお店でおにぎりとコカコーラ・ゼロを買って帰宅。長袖のシャツを腕まくりして着てたんだけどかなり汗をかいたのでシャワーを浴びてから大根のサラダをアテに酎ハイを一本飲む。それから昼食を取って昼寝。夜遅く、ときには朝方まで仕事をしてる家人も昼寝は欠かさない。

百均でつくるクリスマス、その他。

 家人がどこかで見かけたそうなんだけど細いひもに木製のクリップで何種類かの靴下を留めるとかわいいと言う。クリスマス感も出るそうだ。いいアイディアだと思って駅前の百均に行ったとき女性ものの靴下を何足か買って来た。ひもや木製のクリップは同じく百均で買ったものがすでに教室にある。それでこんな感じかなと思いながらつくると意外なほどかわいい。喜んで飾った。ところが昨日ちょっと離れた別の百均に行くと最寄りの駅前の百均よりはるかに多くの靴下が置いてあるのに出くわした。柄も動物柄が多くてすごくかわいい。家人が気に入ってキツネの柄のを自分用に買った。僕も欲しかったんだけどもう教室には飾る余地がない。なんとなく納得が行かない気がしている。自分だけいいの買いやがって、的な。
 週に一度ほど最寄りの、と言っても決してそれほど近くない西友に買い物に行く習慣が離職後ずっと続いている。初めは歩いて行ってたんだけど途中で家人が音を上げて交通機関を使うようになった(経済的に少し余裕ができたことも一因かも知れない。)。帰り道だけ歩いて、ちょっと遠回りしてすごく安いお弁当屋さんで昼食を買う。値段の割にはとてもおいしい。それが少し前から帰り道の途中にあるパン屋さんに寄って翌日の朝食用のパンを買うオプションが追加された。このパン屋さんにバゲットを使ったサンドイッチが置いてあって僕はここ最近そういうのが大好きになったのでいつも食べたいなあと思って見てたんだけど、昼食はお弁当を買うことになってるし素材から見て翌日までは保たないように思われて買うことができなかった。それが先日家人の修羅場のせいで僕がひとりで昼食を買いに行くことになりそれなら多少遠くてもあのパン屋でバゲットのサンドを買うぞと喜び勇んで出かけようとしたら、家人があれ一個で足りるのと言う。確かに足りないかも知れないのでどうするか話し合うとそばにあったパニーニがおいしそうだったからあれ一個買ってふたりで分けない、ということになった。それで家人が行かないので行きも帰りも歩いてバゲットのサンドをふたつとパニーニをひとつと途中のスーパーで細々した買い物をして帰ってきた。パニーニはあっためた方がおいしいだろうという話になりあっためると当然冷めないうちにそっちから先に食べようという流れになって食べたらこれがものすごくおいしい。なんて言うかこんなおいしいもの食べたのいつぶりというくらいおいしくて、後から食べたあれだけ長い間恋い焦がれていたバゲットのサンドが完全にかすんでしまったというお話。お後がよろしいようで。

電話で面接。

 電話で面接というのも表現としては矛盾してる気がするけどそういうのを今日受けた。家庭教師の斡旋会社で必要な書類は昨日中にメールで送付してありそれに基づいての質疑応答。実はこの会社、六年半前の塾を始めようか迷っていたときに一度受けたことがある。結構遠くまで面接に行って結局一件も仕事の斡旋なく終わった。と言うかよく覚えてないけどそもそも採用されなかったのかも知れない。そのときの面接官は中年の男の人だったけど今日はおそらく若い女の人だった。こう言ってはなんだけどそんじょそこらの若い女の子に比べれば敬語の使い方だってこっちの方が上だし話す内容だってこっちの方がしっかりしてるに決まってる。15分くらいでつつがなく会話は終了。是非うちで仕事をして欲しいのでよろしく、的なことを言われた。もっとも合否の知らせが来るのはちょっと先らしいしそれから希望に合った案件が紹介されるのはさらに先になるだろう。週一回でも仕事がもらえればいいなと思っている。
 編集の人に一週間締め切りを延ばしてもらっていた家人は今日頼み込んでもう数日延ばしてもらい非常事態宣言発令。こうなると僕がひとりでスーパーに行って三食の買い物をしたり子供がウーバーイーツとしてお弁当屋さんで三人分のお弁当を買って来たり三人そろって近くのコンビニに行って好きな食べ物を選んで買って来たりと独特の修羅場感が繰り広げられる。でもそういうのに子供も僕も慣れたし家人は恐縮してるけどそれが仕事なのでしょうがないしなんならちょっと楽しい。いや家人が困ってるのを見るのが楽しいという訳ではなく。

このごろ。

 大雨の中面接に行った企業からは先週不採用の知らせがあった。自分にはちょっと合わないかなと思っていたので特に残念でもない。潜在的にバイトなんかしたくないと思ってるらしいし。これで応募しているバイトの口はひとつもなくなったけど焦りみたいなものもない。状況をすごく冷静に分析すれば焦った方がいいんだろうけどこの件に関してはずるずる先延ばしにしている。
 ハロウィンが終わって塾の飾り付けを全部しまったら毎年のことなんだけどすごい殺風景になって夜遅くまで塾で勉強してる子供もさすがに寂しく思ったようだ。なので家人は早過ぎると言うんだけど(毎年同じことを言われる。)クリスマスの飾り付けをした。前にも書いたかも知れないけどハロウィンに比べるとクリスマスの飾りというのは一般的に地味だ。赤と緑と白というベースの色合いはハロウィンのオレンジと紫と黒のインパクトには到底太刀打ちできない。クリスマスが神聖なものであるのに対しハロウィンはある種のお祭り騒ぎだから性質上から言ってもしょうがないのかも知れない。一昨年くらいまで飾り付けのメインは百均で買って来るステッカーだったんだけどこれは何度も貼り直せて確かに経済的なんだけど撤収がものすごく面倒だ(と言うくらい結構膨大な量のステッカーを窓ガラスに貼っていた。)。なので去年くらいからハロウィン、クリスマス共に考え直してフェルトや木製のオーナメントとか布製のタペストリーとかをメインにすることにした。毎年繰り返し飾っていると経年劣化で色あせたり自分で飽きてしまったりするアイテムもあってそういうのを飾らないことにするとやはり少しずつでも買い足さないと全体がなんだか寂しい。それで雑貨屋さんのsalut!とNatural Kitchenの入ってる池袋のルミネに今日行って来た。salut!はサンシャインシティーにあった店舗の品揃えがものすごく気に入っていて数年にわたっていろいろ買ったんだけど何年か前にその店はなくなってしまって代わりにルミネの中にあるお店に行くようになった。ただsalut!自体がやや方向転換したのかお店の方針なのかサンシャインシティーのお店とは微妙にテイストが違っていて以前ほど気に入ったものが見つからなくなっていた。Natural Kitchenは家人が興味があって調べていちばん初めは吉祥寺にある路面店にたまに行っていたのが、渋谷のマークシティーの中に新しくお店ができてよく行っていたピザ屋さんのCONAから近かったこともあって月に何度かは足を運んだ。その後昼食を外食で済ますと帰るのがえらい億劫に感じられるようになって(要するに年取ったということだ。)CONAからは足が遠のいてしまう。それで池袋ルミネの中にできたお店に行くようになった。それほど頻繁ではないにせよ。
 それで今日の話だけどsalut!はルミネからあっさりなくなっていて(今スマホで調べたら吉祥寺にあったお店もなくなっているようだ。)Natural Kitchenも元の場所から移動してるみたいだった。それでもクリスマスアイテムはたくさんあったので気に入ったものは根こそぎ買って来た。今日はあまり時間が無かったので明日以降塾に飾ろうと思っている。東武百貨店旭屋書店で家人の本をチェックすると一冊だけ棚に差してあった。他のタイトルを見ると新刊の平積みは普通十冊らしいので九冊売れたように見える。よかった。

家人の本が売れているらしい。

 池袋の三省堂書店では平台に十冊積んであった新刊が二週間経たずに一冊になって棚に差してあった(残念ながら補充はかからないらしい。)。同じく池袋のジュンク堂書店ではさほどではないけどぽつぽつ動いている。アマゾンでは二十冊あった在庫が売り切れて補充がかかり今は数冊の在庫が残っているそうだ。某大手書店のウェブショップでも売れ切れていると言う。これまでもまあまあ売れた作品というのはあったけどここまで勢いよく売れるというのは初めてだと思う。相変わらず自己評価の低い家人はなかなか手放しで喜ぼうとはしないけどさすがに手応えは感じてるようだ。すごくよかった。重版にはならないのかな。