指栞(ゆびしおり)

すまじきものは宮仕え。

萌えない。

 KISSと渡辺真知子さんのベストを借りて来た。前者だけひと通り聴いてみたんだけど土台知ってる曲が三曲しかなくて自分でもびっくり。これじゃもうファンなんて全然言えない。もうちょっと知ってる気がしてたんだけど。その三曲もなんか今更感が強くて萌えない。古いからかなとも思ったんだけどたとえばビートルズなんて今聴いても結構胸にしみる曲なんかあるのでただ単に古いというだけで色あせてしまったということにはならないように思われる。渡辺真知子さんの方はジャケットだけ見て「Blue」を忘れてたことに気づいた。名曲だと思う。
 家人のパソコンから音楽データを移したときメディアプレーヤーでつくったオリジナルのプレイリストの中にタイトルだけ表示されてるのにクリックしても再生できない言わばリンク切れみたいな曲が何曲もできてしまった。さすがに面倒でしばらくほっといたんだけど愛着のある曲ばかりをリストアップしてたのでそれが聴けないのはやはり残念で昨日今日と暇を見てはタイトルを頼りに十数枚のアルバムの中からリンク切れの曲を探し出しだしては再リスト化した。アマゾンでダウンロードしたものがパソコン上で一曲残らずどこかに行っちゃったんだけど再ダウンロードできることがわかったことがきっかけ。リストは全部で三つあってひとつは1983年当時にディスコで聴いた曲、もうひとつは80年代によく聴いてたナンバー、最後は今回いろいろオムニバスアルバムを聴いてるうちに気に入った曲を集めたもの。全部洋楽。前のふたつのプレイリストは完全復活して今聴いている。ごきげんだ。最後のひとつはまた後日。
 GW中はずっと仕事だったので今日は久々の遠出。図書館でCDと本を借り神社にお参りして銀行に入金し本屋で一冊足りなかった教材を見つけて買い薬屋で常備薬を買って夕飯の買い物をして昼食分のお弁当を買って帰宅。最近の懸案事項を全部済ませた。今日はこれから体験学習。

ゴールデンウィークの終わり。

 日曜も含めてずっと仕事だったGWが終わる。ただ今年はこれまでより授業数が少なくてそういう意味では楽と言えば楽だった。明日から通常営業。明後日は体験学習がひとつ予定されている。だから気分が軽い。希望がたったひとつでもあれば多少の不安は相殺できる。

 家族三人で夕飯が食べられるときはマックとかモスバとか買って来ることが結構ある。もっとも僕は食べない。初めは食べてたんだけどだんだん胃に厳しくなって来ていつ頃からか食べなくなってしまった。家人と子供が食べてる間僕はチューハイを飲みながら適当なものをつまみ最後に冷凍パスタをレンチンしてもらって食べる。そこに最近日高屋が参入して来た。理由はハンバーガーショップでは子供が満足できないことで日高屋ならお料理を単品でテイクアウトしてうちで炊いたご飯を好きなだけ食べることができる。家人はタンメンが好きなのでそれと半チャーハンなんか食べている。僕は餃子を買って来て五、六個つまみながらチューハイを飲んでおしまい。あるいは家人が勧めるのでチャーハンをほんの少しもらって食べたりする。結局三人で食べるとなるとやはり子供の好みが優先されるということでもちろん家人も僕もそれにはやぶさかではない。むしろそういう希望を述べてもらった方が何を食べるか考えなくていいので楽なくらいだ。

 考えてみると今の子供の年の頃僕はすでにひとり暮らし二年目で朝食と夕食のまかないのついた浪人向けの下宿にいた。ディスコ仲間のいた下宿だ。日曜と祝日はまかないがお休みだったので三食自分で調達しなければならなかった。で僕は荻窪駅前にあった牛めし松屋(最後に中央線から見たときにはまだ同じ場所にあった。)の牛焼き肉定食(略称ギューテイ)が大好きだったので朝昼晩とそれを食べに行っていた。490円だったと思う。と書いてみると今の食生活からしたら結構ぜいたくに思える。冷凍パスタなら下手すれば三食分買える。薄い牛焼き肉をガーリックのきいたたれで食べる。山盛りの千切りキャベツがついていてかかってる甘めのフレンチドレッシングがすごくおいしかった。またそれだけ野菜が食べられれば体にもよさそうに思えた。どれくらい前だったかどこかの松屋で懐かしのギューテイを頼んだら昔とはだいぶ異なったものが出て来てかなりがっかりした覚えがあるんだけどその記憶が確かなものかすらもはや自信がない。もしもあの四十年近く前の松屋のギューテイがそのまま手に入るなら今の食の細さも忘れてがっついて食べるに違いない。

ベイ・シティー・ローラーズ症候群の黄昏。

 始まってもないのにもう黄昏を迎えようとしてる感のあるベイ・シティー・ローラーズ症候群である。である、という言い方も滅多に使わないけどこの場合それがふさわしい気がする。借りて来たベイ・シティー・ローラーズのベストアルバムがリマスタリングしてなくてヘッドフォンで聴いてもAMラジオ程度の音質にしかならない。若い頃はそんなの気にせずひどい音質のAMラジオやモノラルのカセットプレイヤーで平気でたくさんの曲を聴いてたものだけど今はもう駄目みたいで初めてなるほどリマスタリングというのは必要なんだなと思い知らされた。その上聴いても特に懐かしくない。こういうのを思い出補正と言うのか今となっては聴くまでなんだかすごい美化してたように思われてそこはかとなく寂しい。でも聴く前から少しは予期してたみたいで今聴くとがっかりするかもという意味のことをここにも書いたりしている。音がよければまた違って来るんだろうか。でも図書館にリクエストしてた渡辺真知子さんとKISS(ジーン・シモンズのいたあのKISS)のそれぞれベストが届いてるのでとりあえずB.C.R.症候群は黄昏の中頼りない船出を迎えることになると思う。すてきな航海を、とやや皮肉を込めて思う。
 たいていの方には関係ないと思うんだけど今年は中学生の教科書が改定されて特に英語が難しくなった。たとえば今まで高校の学習事項だった原形不定詞が中三で出てくる。中三で扱っていた受動態は今や中二の学習事項だ。ただそういうトピック的なものは教科書を見れば一目瞭然なのでああ難しくなったんだなとすぐわかる。ところがどこにも解説が載ってないのにさらっと教科書の本文に出て来る割と重要な文法事項があってそれらも従来高校で習うことだったので生徒さんたちを戸惑わせてるんじゃないかと思う。たとえば今日は中三の英語の授業で問題集を解いていたらこんな英作文の問題があった。そのままではなく多少の変更を加えてある。
 「彼は私に彼の父親は教師であると言った。」
 正解は「He told me that his father was a teacher.」で詳しく言うと動詞tellが目的語をふたつとっていてひとつは「me(私に)」でもうひとつはthat節(thatからteacherまでのひとまとまり)という構文の学習だ。toldはtellの過去形。ところでご存じの方はご存じと思うけどこの場合that節の中のbe動詞はtoldが過去である影響を受けてisではなくwasと過去形になっている。これを時制の一致と言う。だからこのwasは「教師だった」ではなく「教師である」と現在形のように訳す。すでに学校で授業の終わってるところだったので生徒さんに学校の先生からこの説明を受けたか尋ねると受けてないと言う。さらにこの文をダブルコーテーションマーク(")を使って書き換える問題もあった。正解は「He said to me,"My father is a teacher".」長くなるので簡単に書くとこれは間接話法の前者を直接話法の後者に書き換える問題で書き換えのルールがいろいろある。それについても全然知らないと言う。もしかしたら新しい教科書ではこれらは中一か中二ですでに学習が済んでいて(個人的には考えにくいことだとは思うけど。)今の中三ははしごをはずされただけなのかも知れない。でもそれならそれで出て来た段階で解説を加えるのが先生の役目なんじゃないかと思う。少なくとも僕ならそうする。だってこれまで中学生に時制の一致や間接話法について解説したことなんてないんだから出て来たらすぐにわかるはずだ。あるいは移行期の措置として補遺的な小冊子くらいつけてもいいんじゃないかとさえ思う。これは先生ではなく教科書をつくってる会社に言っている。でも僕なんかが何を言ったところで何ひとつ動いたり改まったりなんてしないだろう。今思い出したんだけど前に一度ある参考書に明らかな誤りを見つけたので版元にメールで問い合わせたら確かに間違ってるので増刷時に改めるとの返信が返ってきてたまげたことがある。それまで間違った記載のまま売り続けるってことなんだね。電化製品なら自主回収じゃないかな。でもまあとにかく世の中というのはそういう風にできている訳でだから今日の後半は単なる愚痴に過ぎない。

そうめんがうまい。

 そうめんは家人のこだわりで揖保乃糸という銘柄を買うことになっている。ゆでて出来合いのつゆを薄めたものにチューブのしょうがとパックされた刻みねぎを添えて食べるんだけどこれがもうものすごくうまい。ゆで具合が絶妙で真ん中に芯のようなものの残ったパスタで言えばアルデンテ状態で噛み応えがすごくいい。すでにごちそうだと思う。そんなに食べられないと言うんだけどいつも多めに取り分けてくれるので残そうと思うんだけどあんまりおいしいので残せなくて後で苦しい思いをする。子供はそれだけでは足りないので買って来た天ぷらなんかを一緒に食べている。もっとも麺だけでも僕の倍は食べる。最近家人の手料理もなかなか食べられないのでこんなささやかな形でもすごくおいしいものをつくってもらえると本当にうれしい。

 ツイッター経由で未知の版元から原稿依頼があったんだけど今は手いっぱいなのでやんわり断りつつ将来的には組んで仕事をする可能性もあると伝える返信をできるだけ丁寧に書いて欲しいと頼まれたのでうちではビジネス文書っぽいのは僕の受け持ちなので引き受ける。こういうのはできるだけ早く返した方がいいと思ったので昨夜の足の止まった状態でありながら一時間ちょっとかけて文面を考えて家人に見せるとそのまま先方に送ることになる。すると先方からもすぐに返信がある。ビジネスマナーの身についた割にきちんとした人なんじゃないかと思われる。信用を重んじている。家人はこう見えて八月までは仕事でいっぱいだと言う。その割には少なく見積もっても日に三時間くらいはゲームをやっていて本当に大丈夫なのかねと思う。いずれ修羅場がやって来て僕たちの食生活はさらに手のかからないものになるだろう。

完全に足が止まった。

 日曜日だけど仕事。昼寝もしたんだけど夕飯前に一杯飲んだら疲れがどっと出て来てボクサーで言うと完全に足が止まった状態。明日も朝から仕事なんで早めに寝ます。

ベイ・シティー・ローラーズ症候群。

クライマックス~BEST歌謡曲~

クライマックス~BEST歌謡曲~

  • アーティスト:ヴァリアス
  • 発売日: 2014/12/24
  • メディア: CD
 

 昭和の歌謡曲のオムニバスということでいいと思う。一組の歌手に対して収録曲は一曲ずつ。CD二枚組で計四十曲が収録されている。各歌手の代表曲かと言えばそれはちょっとあやしい。ただその微妙に芯を食ってない感じが逆にやばい。たとえば渡辺真知子さんなら「迷い道」が選ばれてるんだけど確かに衝撃的なデビュー曲だったけどこれを聴いてるとどうしても「カモメの飛んだ日」が聴きたくなる。「唇よ熱く君を語れ」とか。それと忘れてる名曲もあるかも知れない。この前の桑田佳祐さんの「遠い街角」みたいに。だから勢いこのシンガーのベスト盤が聴きたいという気持ちがこうむくむくと盛り上がって来てしまう。山口百恵さんのベストはこの前借りたけどじゃあいわゆる新御三家はほっといていいのかとかキャンディーズピンク・レディーはどうすんだとか中三トリオの他のふたりは無視すんのかとか頭の中がえらいことになってしまう。あとそういうことを思う割には山口百恵さんのベストのように手に入れてもそう頻繁に聴くでもないという問題もある。手間はかかるけどそれが今の自分にはまるかどうかは手間をかけた後でないとわからない。これを自分では「ベイ・シティー・ローラーズ症候群」と呼ぶことにする。このカテゴリが今後このブログでもし立ったら病膏肓に入ったということになると思う。ちなみにこのアルバムで特に気に入ったのは高田みづえさんの「硝子坂」と南沙織さんの「17才」。両方ともデビュー曲だと思うけど当時本当に好きだった。ちなみに「硝子坂」の作曲は宇崎竜童さんだそうです。知らなかった。

禍福はあざなえる縄のごとし。

 昨日ひとりの生徒さんから塾を辞める旨連絡があったことは書いたけど今日は久しぶりに体験授業の申し込みがあった。うまく行けば辞める生徒さん分の減収を一瞬で取り戻すことができそうだ。解せないのはどうして新しい生徒さんから連絡をもらう前に別の生徒さんが先に辞めなきゃならないのかということだ。いやもちろんはっきりそういう構造になってる訳じゃないんだろうけどこちら側からはどうしてもそんな風に見えてしまう。その生徒さんが辞めなきゃ増収で単純に喜べたはずなんだから。もちろん偶然なんだけどこういうケースが結構多くていつでも完璧に幸せな気分に浸れることがない。いつまで低空飛行が続くものやら。

お詫びと訂正。

 この前サンシャインシティーをサンシャイン・シティーと記載する旨宣言したけどこれまでも結構サンシャインシティーと中黒抜きで書いてるようだ。なので今後もサンシャインシティーと表記するかも知れない。お詫びして訂正いたします。ただし最後の「ー」だけは必ず書く。
 中二の女の子が塾を辞めると昨日の午後連絡があってちょっとヘコんでる。小五から来てくれてたし覚えてる方がいらっしゃるかも知れないけど他の男の子と一緒の授業が嫌だと言うのでひとりだけ別の時間帯に授業してたりした子だ。中二になるタイミングで辞めるならまだしも今というのがちょっとよくわからない。でもまあ仕方ない。あまりなつかれてる感じもなかったし。
 子供がとうとうバイトを辞めることにして今日バイト先に電話したら辞めるための書類を書きに来いとか制服をクリーニングして返せとか言われたそうだ。まあそれで辞められるんだったら安いもんだよと言うと割に納得したみたいだ。結局一緒に働く直の上の人から怒られるのが嫌になったということで優しい人も何人かいたんだけどねと言う。話を聞くと結構理不尽なことも言われてたみたいだ。もちろん僕にも経験があるしどこにでもそういう人はいる。要するに会社に対する忠誠心みたいのが強くてそれを共有しない人に対してものすごく狭量な訳だ。でも今どき滅私奉公じゃあるまいしそんなもの共有なんてできない。もちろんベストは尽くすけど時間給をもらって働いてるだけの非正規被雇用者に過分の忠誠心なんて持てる訳がない。スーパーでバイトしてるときも密かにこいつら馬鹿かと思ってた。同じ種族が子供のバイト先にもいたということだ。勝手に自分の道を行けばいい。僕らも勝手にこっちの道を行かせてもらう。
 祝日だけど今日も仕事。あと図書館のサイトでベイ・シティー・ローラーズのベストを見つけてリクエストした。

いろいろ見直し。

 教室の窓の外側にテープで封をすることのできるクリアシートに入れたちらしを貼ってポスター代わりにしている。電話番号とかサイトへのQRコードとかこれまでの実績などがその内容だ。退色すると貼り直しまた退色すると貼り直しを繰り返して来た。でもこの前いつ頃だったかひどく退色して見た目が悪くなったのですべてはがした後忙しいのもあってそのままほっといた。確証はないけどそれ以来問い合わせが減ったんじゃないかということに最近になって気づいた。それでまあうちのプリンターのカートリッジを取り寄せたりした訳だ。塾のプリンターはモノクロなのでカラーで印刷したければうちのプリンターを使うしかない。プリントする前にデザインや文言についてひと通りチェックしたところ特に変なところはないようだった。それから教室の前に出してるA看板に百均で買ったマグネットつきのペン立てを取り付けて中に入れて誰にでも持って行ってもらえるようにしてあるちらしが昨日だったか全部なくなったので新たにプリントアウトすることにした。するとつくった当時はそれでよかったけど今ではまずいかなと思われる文言がそこかしこに見つかってちょっと本腰を入れて修正しなければならなくなった。となるとそれらのちらしを元にしてつくったサイトのページにも修正を施さなければならない。ということで今日は朝からサイトのコンテンツの見直し。するとなんと絶対あってはならないとサイトをつくり始めた二十数年前からずっと自分に言い聞かせ続けて来たリンク切れを発見。速攻直したけどおいおい何やってるんだ自分。その他すぐに修正できるところは修正し手がかかりそうなものはリストアップしてこれから順次改める予定。こういうものについては定期的に見直すべきだとわかってはいても今みたいに時間に多少の余裕のある時期でないとなかなか手をつけることができない。でもそれは経営にとって致命的な打撃になりかねない。

頼りになる。

 うちのプリンターはインクジェット機で純正だとインクが結構高くつくのでダイソーで安いインクを買って来て無理矢理補充して使っていた。でも確かに安いけど手間も手間なのでこの前塾のプリンターのトナーを通販で買うときについでにうちのプリンターの分のインクも頼んだ。純正じゃないんだけどダイソーのインクよりは高い。それでプリントアウトしたら黒が全く出ない。インク不足だったらパソコンにメッセージが出るはずなのでタンクにインクが充分にあると認識してるのに黒が出ないという事態のように思われた。こうなるともう面倒くさくてなんとかする気になれないのも年取った証拠かも知れない。でも家人が何度かヘッドにクリーナーをかけるとやがて少しずつ黒が出るようになった。なんでそんな手を知ってるんだかわからない。でも家人は時々パソコン周りですごく頼りになる。助かった。
 塾のトイレの水が出なくなってしまいタンクに水が貯まらない。(どうも今日はタンクに悩まされる日みたいだ。)生徒さんたちもたいてい毎日誰かが使うのでこれは困る。そしたら大学から帰って来た子供が見てくれて直してしまった。頼りになる。自分ひとりでなんでも抱え込んで生きてる気になってるけどそれは世界に対する正しい見方ではないんだろうな。

肉を食べよう。

 ほぼ野菜と豆だけの生活でたまに冷凍パスタなんか食べても動物性のタンパク質なんてほんのわずかな具材からではほとんど摂れない。仕事がなくて家族揃って夕飯が食べられる日にはお刺身を買って来て晩酌をする話は前に書いたけどそれだって子供と分ければひとり五、六切れにしかならない。その他に今は週に二回ほど昼食に安いお弁当屋さんのお弁当を買って来て食べていてこれはまあチキンカツとかチーズハンバーグとかなのでそれだけがまとまった動物性タンパクと言えば言える。もちろん家人や子供はもっとまともな食生活を送っていてこんなことしてるのはすっかり食が細くなってしまった僕だけだ。それで疲れが取れない取れないと言ってたら家人がまとまった肉を食べた方がいいと言うので昨日の昼食はお肉屋さんがつくってるステーキ重にした。初めはそこのステーキ弁当にするつもりだったんだけどいざ目の前にするととても食べ切れそうにないので簡易版のステーキ重に変えた。ステーキをアテに一杯飲んでご飯は例によって納豆で食べた。それでどうなったかと言うと今日になっても別に疲れが取れた感じはない。それよか昨日は夕飯時になってもまったくおなかが空かなくてお刺身で一杯飲んだ後にほんの数口ご飯をもらって食べただけであとは胃腸薬を飲んで静かにしてる有様。まとまった肉なんてもう体が受け付けないんじゃないかと思う。疲労回復のためのドリンク剤とか錠剤とか試してみたいとずっと思ってるんだけど習慣性があるとやだなと思って二の足を踏んでいる。

ティとティー問題。

 この前ベイ・シティー・ローラーズについて触れたとき改めて気づいたんだけどこのバンドの正式な表記はベイ・シティ・ローラーズのようだ。シティーではなくシティが正式ということだ。同じような例としてサンシャイン・シティがある。サンシャイン・シティーではなくサンシャイン・シティが正式な表記のようだ。
 似たような例で小説を読んでるとソファという表記を見かけることがある。ソファーではなくソファだ。確かに英語のsofaはソファーではなくどちらかと言えばソウファに近い発音に聞こえる。でも日本語でこの言葉を発音するときたいていの人が「そふぁあ」に似た発音をすると思う。ソファのファというのはたとえばド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ドというときのファと同じで「ふぁ」と発音すべきであり「ふぁあ」にはならない。「ふぁあ」と発音させたければファーと表記するしかない。
 それで何が言いたいかと言うとアやイを小さく表記するとそれだけでその音を伸ばしたことになると無意識に思ってる人が一定量いるんじゃないかということだ。僕に言わせればソファは「そふぁ」でありサンシャイン・シティは「さんしゃいん・してぃ」と発音すべきで伸ばしたいならそれぞれソファー、シティーと表記しなければならないことになる。だから割と以前から正式な表記と異なってると気づいていながら頑固に(頑迷に?)ソファー、シティーと書くようにしている。だって「そふぁ」や「してぃ」じゃ音(おん)として気持ち悪くないですか?なんか大して高くない段差に不意につまづいたときのような気がしてしまう。この伝で行けばたとえばディズニーランドは「でぃいずにいらんど」と読まなきゃいけないことになりませんか?というのはでもいちゃもんのつけ過ぎで単語の最後のァやィだけが伸ばす対象になると錯視(と、この際もう言っちゃうけど。)されているようだ。正直やめて欲しいと思う。
 と、ここまで書いてきて念のためサンシャイン・シティーのサイトで正式な表記を確認すると「サンシャインシティ」で中黒すらなかった。中黒のあるなしは表記者によってかなり自由だと思うのでもちろんそれには文句は言わない。ただおそらくこのブログではどこまでもサンシャイン・シティーと表記し続ける覚悟を固めただけの話だ。

やはり気が重い。

 先週同様今日も午前中から授業があったんだけど始まるまではやはり気が重い。でも始まってしまえば楽しいし終わるとすごく充実感がある。大体24時間分の家賃を払っているんだからできるだけ長時間授業ができた方が効率がいいに決まってる。なのに前の日から気が重いのはどうしてか本当に真剣に考えてるんだけど理由がよくわからない。時給に換算したってバイトに行くよりずっといいのにねえ。

レスリー・マッコーエンが亡くなった。

二人だけのデート[EPレコード 7inch]

二人だけのデート[EPレコード 7inch]

 

  ベイ・シティー・ローラーズのボーカルだった。彼らがものすごい人気だと知ったのは中一の頃だったから1975年くらいだったか。たぶん音楽的にはあまり高い評価を受けなかったと思うけど女の子たちの間では確かにすごい人気だった。それをはっきり覚えているのは当時好きだった同じクラスの女の子が結構熱狂的なファンだったからだ。テレビでミュージック・ビデオが流れていたのを見ていた記憶もあるのでもうその頃からミュージック・ビデオというのがつくられていたんだろう。リリースされる曲はラジオでも次々と一位になって行ったけどそれが日本でのみの評価だったのか世界的な評価だったかはよくわからない。少なくとも日本ではミュージシャンと言うよりアイドルとして認知されていたと言った方が正しいかも知れない。でもいくつかの曲は好きでよく聴いた。最大のヒットは「サタデイ・ナイト」だったか。個人的には今でもSaturdayとつづるときにこの曲の一部を頭に思い浮かべている。タイトルは覚えてないけどその他にも何曲か好きな曲があったし「二人だけのデート(原題はたぶんI Only Wanna be with Youだった気がするけど未確認です。)」というシングルはなんとレコードを持ってた。これは記憶が確かなら故岡江久美子さん(亡くなってもう一年が経つということだ。)と薬丸裕英さんがMCだった「はなまるマーケット」のオープニングソングだったんじゃないかと思う。まさかシブがき隊のメンバーの名前がこのブログに出てくるとは思わなかったと皆さんが驚いてるところで僕自身も同じように驚いている。今日触れたおふたりの故人のご冥福をお祈りします。
 でも今日の本題はそれではなくて前述した中一の頃好きだった同じクラスのベイ・シティー・ローラーズ・ファンのことだ。今でも名前も顔もはっきり覚えている。中一の終わりに僕は当時の大宮市(現さいたま市)から高崎市に転校することになって迎えた終業式の日親友だったK君が僕の思いを彼女に伝えてくれた。自分で告白するなんてとてもできなかった。するとその日の午後彼女の親友から自宅に電話がかかって来て(その頃はクラス全員の住所と電話番号の載った表がクラス中に配られていた。今から思えば信じられない。)なんだろうと思ったら途中で彼女が電話口に出て来た。よく覚えてないけど今日K君が言ったことは本当なのかと尋ねられたことと転校先でも元気でがんばって欲しいと言われたことだけ覚えている。すごくうれしかったけどこの電話の意味は謎でどういうことか結構迷った。今ならもちろんふられたということがはっきりわかる。彼女にはそんな自覚さえなかっただろうということも。でも今となっては割にいい思い出だ。
 別件。アルバム「Keisuke Kuwata」をCDで聴きたくて今日西友まで行ってCD-Rを探した。ディスク売り場に行くと全体の3分の2はブルーレイ・ディスクで残りの3分の2をDVDが占めていた。CD-Rなんてカセットテープよりほんの少し多めなくらいだ。カセットテープ並みの扱いにまで落ちぶれてるとは思わなかった。自分ではデジタルなつもりで刻々とアナログ化してるのかも知れない。でも誰がなんと言おうと音楽はCDで聴く。まあ誰にも何も言われずほっとかれてるんだけど。それとベイ・シティー・ローラーズ図書館で探してみようかな。今聴いたらがっかりするかな。