指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

泳ぐのを休んでいる。

 昨日も夜泳ぎに行こうと思ってたんだけど夕方になって急におなかを壊したのとそれと関係あるのかないのかものすごい倦怠感に襲われてとてもそんな元気がなくて休んだ。今日になっておなかも倦怠感も回復したのでそれはまあよかった。とりあえず朝は泳がないことにしてのんびり出かける。バイトはお昼過ぎまで。最近シフト作成の社員が交代したらプールの受付の仕事がなぜか増えて密かに喜んでる。ひとつ前のシフト係「若造」のときはさらにその前の(そして今もサブとしてもうひとりのシフト係であり続けている)しーちゃんのときと比べると受付に回してもらう頻度も時間も格段に減った。まあそれは仕方ないと言えば仕方ないのかも知れない。そいつとはまったく馬が合わないから。でも今のシフト係になってから今日も一時間受付だったし明日からの三連休も三日とも受付の仕事が入ってる。それも結構長時間。四日連続受付なんて初めてかも知れない。まあ土日や祝日は混み合うからウィークデイと比べると受付もやや大変になるけどプール監視の仕事に比べたらはるかにマシだ。まず涼しい。それから言い方は悪いけどプールでは人が死にうるのに対し受付ではまず死なない。それだけでも日頃のプレッシャーから開放される。それは本当にありがたいことだ。シフト係が代わって本当によかった。
 帰宅すると入れ替わりにバイトに出かける子供を見送りシャワーを浴びてから家人と一杯やる。それから昼食と昼寝。授業をしてるうちに自分がとてつもなく疲れてるような気がして来る。汗をかきすぎて体調を崩しそうになったので朝泳ぐのをやめたんだけど夜は夜で泳ぎに行く気力を振り絞るのが難しい。なんだか泳ぐモチベーションまで見失ってしまいそうだけどその原因はプールの水温が高すぎることに尽きる。泳いでても少しも気持ちよくないしプールから上がれば上がったで今度は汗が止まらない。去年も結構お客さんからクレームが出ていた。今年も出始めている。ただ僕らバイトにはどうすることもできない問題でお客さんの声をこまめに上に伝えるしかない。でも前にも書いた通りこの施設には有能と思われる人がひとりもいないのでいつまで経っても手をこまねいて見てるだけだ。去年はある意味他山の石だった。でも今は僕も野良スイマーのはしくれなので水温の問題は本当になんとかして欲しい。プール熱中症って言葉もあるそうだ。泳いでる間に誰かが熱中症になってからじゃ遅いと思うんだけど。という訳で今日もスイムはお休み。明日はほぼ受付の仕事だけで涼しく過ごせるので朝から泳ぎに行こうかと考えている。

今でもREBECCAが好きだ。

 今日バイト中に突然レベッカの「えがーおがにがーてなーれでぃーぶるうーわあー」という一節が浮かんできてあーレベッカ聴きたいと思った。この曲のタイトルはわからなかったけど確か持ってるはずだった。それで塾に置いてあるCD-ROMを確かめるとレベッカはオリジナルアルバムを一枚ベスト盤を二枚持ってることがわかった。オリジナルアルバムは「REBECCAⅣ May be Tomorrow」でこれには「フレンズ」が収録されてる。レベッカと言えばとりあえず「フレンズ」じゃないっすか?僕の思い込みだろうか。でもレベッカの名を初めて知ったのはこの「フレンズ」がヒットしたときだったと思う。前述の曲はそれには入ってなくて残りの二枚のベスト盤の一枚に入ってた。タイトルを検索すると「(It' Just a)SMILE」というらしい。改めて聴くと作詞のNOKKOさんが自らに話しかけてるような印象ができてだとすると読んでてかなり切ない気もする。ただ頭出し(カセットテープ時代の用語ですかね?近頃全然耳にしない。)を繰り返してイントロだけ聴くうちこれも聴きたいあれも聴きたいとという曲がたくさんあってすごいなレベッカと思った。前述の「REBECCA Ⅳ」の中でいちばん好きな「COTTON TIME」。「LONELY BUTTERFLY」のハーモニカに聴こえる前奏はもしかしたらシンセサイザーかも知れない。「LONDON BOY」もすごくいいよね。とか時間がなかったので本当にさわりを聴いただけだったんだけど前奏だけですごくわくわくする曲がいくつもあった。明日から少し本腰を入れて聴き直すつもり。今でもREBECCAが本当に好きだ。今でもビートルズが本当に好きなのと同じように。

夜泳ぐ。

 プールの始業前に泳げば自分ひとりかバイト仲間がほんの数名いるだけの理想的な環境で泳げる。でもそれだと仕事が始まる段階で汗だくになってしまう。プール内では汗をかかないからわかりにくいけど運動量としては結構なもんらしいのでプールから上がってからの発汗がすごいからだ。その上プールの室内というのはこの時期必要以上に高温多湿なので黙って座ってても常に汗がしたたる。このふたつをプラスすることがこの前軽く気分が悪くなったことの原因と思われる。今日は試しに朝泳ぐのをやめたらバイト中も特になんでもなかった。熱中症でやられた先輩をふたりまで知ってるしこの仕事から足を洗うのでなければ夏の暑さ対策は真剣に急務となる。という訳で夜泳いだらどうかと思いついた。それなら泳いだ後は家に帰るだけだし多少汗がひどくてもすぐにエアコンの効いた部屋でクールダウンすることができる。お客さんに紛れて泳ぐと多少時間をロスすることになるけど下手すると命に関わるかも知れない事態は避けることができる。今日から行ってみようと思っている。
 風邪で二日間家に閉じこもってた家人が昨日は外に出られそうと言うのでバイトの後ふたりで駅前まで買い物に行く。子供が学校なので昼食はふたり分だけ用意すればよくて多少は楽。アテとか適当に見繕って帰る。暑いけど前日よりは少しはましかも知れない。とりあえず家人がよくなってほっとした日。
 そういう訳で今日は朝泳ぐのを見合わせる。バイトは短め。塾で家人と待ち合わせて買い物。うちは銘柄にはこだわらず五キロの無洗米のそのときそのときに安いのを買ってる。最近体の調子がよい僕が食べる量が増えたせいか前よりなくなるスピードが速い気がする。僕のバイトの時間が長くて買い物に着いて行けない日はお米の他にも割にどっさり買い物をして家人がひとりで運んでくることもあるらしい。それは気の毒なのでお米はなんとか僕が一緒のときに買うようにしてもらってる。今日もそういう日だった。まあ少しは役に立ってよかった。昨日よりもさらに過ごしやすいような気のする日。風が多少は心地よい。ふとコーラが飲みたくなって一本買って分け合って飲む。あまり冷たくなくてちょっとがっかり。子供は午前中サウナに出かけて午後一時前に帰って来た。それまでにシャワーを済ませて一杯やってる。それから昼食と昼寝。起きてから授業。それが終わったら泳ぎに行く。あまり時間はないけど千メートルくらいなら泳げるだろう。
 追記。その今日のスイムは22分48秒で千メートルと自己ベストを一分くらい更新した。んだけどこれは参考タイムということにしておく。ペースがあんまり速過ぎたせいか五百と七百と八百で何分かずつ休まなければならなかったから。あと水温が高かったということもある。休んでる間にシャワールームで水浴びて体を冷やさなきゃならなかったから。ただ休みを入れるとわずかながらも体力が回復するのか速いペースが保てるんだと気づいたのは収穫だった。今五十メートルを速いと1分5秒くらい遅いと1分20秒くらいで泳いでいる。これをコンスタントに一分以内に収めることができれば千メートルを20分以内という夢のタイムに到達できる。向こう十年くらいの間に達成できたらうれしい。加齢との飽くなき競走という趣にはなるけど。

元カノの話。

 大学で語学のクラスが同じだった女の子とつき合っていた。就職してからしばらくしてお別れした。理由はいろいろある。でもそれについては詳しくは触れない。然るべき理由だったとだけご了解いただければ幸い。彼女は天涯孤独の身だった。父上も母上もお妹さんも亡くしていた。でもそのことについて振り返って悲しむとか悔やむとかそういうことはしていないようだった。仕方ないと考えていたのかも知れない。面と向かって尋ねてみたことがないのでわからない。大体天涯孤独ってどんな感じがするものですかなんて訊けない。お前そんな身の上の女の子とよくも別れられたもんだなという声もあるかも知れない。でもつき合う別れるに身の上は関係ないという気がする。お義理でつき合うなんて失礼なことはしたくない。
 別れた後も元クラスメイトの集まりがあったりするとたまに顔を合わせた。僕と別れた後すぐ会社の同僚とつきあい始めたということだった。生木を力尽くで割くようなつらい別れだったのでそんな短期間で誰かとつきあい始めるとは思わなかった。でも別れたんだから文句を言える筋合いじゃない。時間が経つにつれて顔を合わす機会も間遠になって行った。それでも年賀状のやりとりだけは今も続いている。そして彼女が結婚もせず子供もいないままに今年還暦を迎えたことも知っている。ひとりで生きて行くことを選んだんだと思う。あるいは人に言わないだけで内縁の夫みたいなものがいる可能性もゼロではない。でもそういうことはなさそうな気がする。誰かと一緒に暮らして行ける人じゃたぶんないから。仕事とかはうまく行ってるみたいだ。著書も結構あるしもともと帰国子女で英語が堪能なので訳書なんかもある。最近になって会社を立ち上げたみたいだし長くフリーだったことを考えれば安定して来てるように見える。ただこの人はもう三十年以上たったひとりで暮らしてるんだなと思う。僕のひとり暮らしは十七年間だったのでその倍近い長さだ。家事はひと通り上手にこなすのでそういう意味では特に不自由してないのかも知れない。でもこれからもたぶんずっとひとりのままだ。つらそうな生き方に見える。それもまた失礼な言い方なんだけど。でも自分に忠実な生き方なのかもなとも思う。僕なんかいつからか家族のために生きることに決めたので自分がどうありたいとかあまり気にしなくなった。いや気にはしてるんだろうけど優先順位はかなり下がった。という彼女と僕の行く末をかんがみるとそりゃ一緒になんかいられる訳ないやな。藪から棒にどうしてこんなことを書いたかというと天涯孤独というあり方に少しでもプラスのイメージを与えたかったからなんだけどどうやら逆効果になったみたいだ。ただそれはあくまでも僕から見える世界での話なので異なった視点からすればまた別様に映るかも知れない。
 今日のスイムは24分50秒で千と辛くも25分を切った。まあとにかく泳ぎ続ける。

ちょっとやばい。

 バイトの途中で胃がむかつく感じがあった。室温三十二度湿度七十パーセントの環境ではそういうことは前にもあってそれで凍らせたスポーツドリンクを持って行くようになった。以来なんらかの不快な症状が出ることはなかった。でも最近時短勤務なので勤務内にドリンクが溶けきらずそれはそれでもったいないので持って行くのをやめていたのがよくなかったのかも知れない。嘔吐までは行かないまでもそこそこ気持ち悪い。熱中症だとやだなと思いながらなんとか勤務を終えて帰宅したけど家人の不調が続いたままなのでこの炎天下買い物に行かねばならない。でも使命感のせいか買い物は全然平気で行けた。問題は夜になってからで塾の授業の途中でまた昼間のむかつきが戻って来た。とにかく我慢で授業を終えて帰宅してお風呂に入ってからエアコンの入った部屋で涼むとなんとか治まる。後は普通に寝酒を飲み始めて途中で夕飯をしたためて現在に至る。明日以降ちょっとやばいかも知れないのでスポーツドリンクを凍らせておく。今日のスイムは24分19秒で千メートルとまあまあかな。疲れが取れないので早めに寝る。

家人がダウン。

 子供の風邪がうつったらしくて家人に微熱がある。こうなると代わりにいろいろやらなきゃならないんだけど今日はたとえ買い物だとしても外出すべき気温ではなかった。泳ぎに行ってから塾で少し仕事をした後昼食を調達しに駅前のスーパーへ向かう。もう一軒牛丼屋で子供の分の昼食もあつらえて帰宅した段階でスコールにでも降られたみたいに全身びっしょり。シャワーを浴びて自分でタンブラーに氷を入れて酎ハイを注いで取るものも取りあえず飲む。それから昼食。昼寝。子供はバイトに出かける。夕飯は子供のバイト先の近くにあるほっともっとに注文しバイト帰りの子供に受け取ってきてもらうことにする。いつも通り家人が不調なら子供と僕とでなんとかする。僕は都知事選の投票に行った後明日の朝食を買いに行く。これで今日の主な任務はクリア。ただしなんだかすごい疲れた。子供が帰ってきて夕食にする。普段は遅ければ十一時過ぎになる夕食が今日は八時までに済んでしまう。その後家人はずっとうとうとしてるので使い終えたグラス洗ったりとか細々したことをする。入浴後家人は少しばかり熱が下がり僕は寝酒をやってる。暑いせいかとても疲れた。
 今日のスイムは26分1秒で千メートル。遅い。でもとにかく疲れた。それが家族が助け合うということの意味なんだけどね。

夏期講習の申込書をつくる。

 何年かぶりに生徒さんに受験生のいない夏だ。だから夏期講習と言っても全然気合いが入らない。受験生がいればそろそろ受験対策を始めるのでそれなりの日数参加してもらえる。でも今年は大したことないんじゃないかと思う。それでも何もしないって訳には行かないので気合いが入らないなりに企画はする必要がある。それで午前中家人がスプラトゥーン3をやってる間に塾へ出かけて去年の申込用紙を立ち上げてみる。ひな形は毎年使い回しなので必要なところをちょこっと書き換えれば今年バージョンの申込用紙ができる。拍子抜けするほどあっけなくできちゃったので買い物に行くために塾で合流することになってる家人がやって来るのを待つ間に申込用紙を入れて渡すための封筒に印刷を施すことにする。塾を始めたばかりの頃は授業数も少ないし毎日本当に暇だったのでいろいろ手をかける余裕があった。教室の掃除だって毎日のようにしてたし一時期は塾のブログだって毎日更新して旧ツイッターに連携するなんてこともしてた。塾の名前と電話番号とURLの入った小さなシール用のデータをエクセルでつくってA4のシール用紙に印刷しカッターで細かく切ったものをクリアファイルや教材などに貼り付けたりもしてた。百均で買った茶封筒に塾の名前やら住所やらなんやかやを印刷するのもそうした作業の一環だった。何かを渡すのに茶封筒というのは割によく使うものなので印刷しておけば宣伝になるかなと思ってのことだ。これもエクセルでデータをつくって一文字縦横三ミリくらいの小さい文字で封筒の裏に印字した。ただこういう一切の作業にはたとえばバイトが忙しくなってしまえばあっさり手が回らなくなる。今は掃除なんて滅多にしないしクリアファイルも封筒も何も印刷せずにそのまま使ってる。ブログももう随分長いこと更新してない。そういうのが塾からの収入を細かく削っていると言えば言えるのかも知れない。それで思い立ってとりあえず封筒だけ印刷してみた次第。塾の細々したことに手が回らないほどバイトするってほんとは本末転倒なんだよな。と思う。授業だけしてればいいって話じゃないから。でも現状かなりの努力をしないとそれらすべての作業をこなすのは無理みたいだ。塾のサイトもずっとほっといてるから本腰を入れて手直ししないとなとかそんな思いばかりが募って行く。
 今日のスイムは23分54秒で千メートルとほぼベストの状態。体の刻むリズムに最後まで着いて行くことができた結果だと思う。これからラストまでバイトに入る。

プロテインやめた。

 塾からの収入がじりじり減ってるので余計な出費は極力控えたい。という訳で二袋目を飲み終えた時点でプロテインを飲むのをやめた。もう一週間くらい経つと思う。すると体重がちょっとだけ減った。少し前は七十一キロ代半ばまであったのが今日計ったら七十キロを下回っていた。泳ぐのも何日か休んでたというのにどういうことかよくわからない。つか体重の増減の理由って本当によくわからない。食べたから増えるとか運動してるから減るとかそういう単純なことじゃないらしい。計ってみるとどうしてなんだろうといつも首を傾げさせられる。考えても仕方ないから考えないようにしようとしても基本的には常に痩せたいと思ってるので気にしない訳にも行かない。それで毎日どきどきしながら体重計に乗る。そして一喜一憂する。
 今日のスイムは24分53秒で千メートルとまあまあ。二日休んだせいか腕が軽かった。明日のバイトは午前はなくて夕方からラストまで。明後日の日曜は本当に久しぶりに一日休み。とりあえず都知事選の投票に行くこと以外は何も決めてない。

昨日今日。

 昨日は子供が午後一時前からバイトだったのでいつもよりちょっと早めに家を出ていつもの安いお弁当屋さんへ行く。薄日が差してて蒸し暑い。お弁当を買うとちょっとだけ回り道してスーパーに寄り夕飯の準備とかアテとか細々買い物をして帰る。まだお昼になってなかったけど子供には先に昼食をとらせて僕はシャワーを浴びてからエアコンの効いた部屋でしばし涼む。電気代も気になるところだ。でも家人も子供も暑がりだし我慢もほどほどにしないと本当に命に関わりそうなのでエアコンだけは限定解除で使ってる。その代わりに照明なんかは昼間は結構落としている。子供が出かけてから家人とふたりでゆっくり一杯やる。それからお弁当を食べて昼寝して起きてから塾。問題集を解く日だったので答え合わせの合間合間に残り少なくなった「DJヒロヒト」の続きを読む。夜は授業をしながらそれでも合間に読んで結局読み終わる。後は休み時間とかをブログのために感想を書くことに当てる。このところ暇さえあれば本を読んでたから塾の時間にブログを書くのは久しぶり。自分でもどういう結論になるのかわからないまま手探りで書き始めて途中筆を止めてしばらく考え込まなければならないこともあった。でもそのうちDJとヒロヒトの関係にふと気づいて自分なりにはうまくまとめ上げられたんじゃないかと思う。帰宅して入浴後寝酒を飲んでる途中で夕飯にしてもらう。スーパーのお総菜のうち焼き魚が安くておいしいことに最近気づいたのでそこに買い物に行きさえすれば夕飯は焼き魚にしてもらってる。レンチンだけで食べられるので手軽。規定の量を飲んだら就寝。いつも通り酔っ払ってからの記憶はあまりない。
 一夜明けて今日は家人の誕生日。晴れてて暑そうだ。五十一年前の北九州もこんなに暑かったんだろうか。そうじゃない気がする。SDGsとか言うけど地球温暖化に歯止めをかけるのはもう無理なんじゃないかという気がする。大きなタンカーとか客船とかは舵を切ってからそれが航路に反映されるまでにかなりの時間を要すると聞く。地球は危機回避の行動をまだ終えてない段階だからそれが目に見える効果を上げるまでには今まで以上に長い時間がかかるだろう。後は果てしなく熱帯化して行くこの星に未曾有の気象変動をこうむるかも知れないこの星に北極の氷とか永久凍土とかが溶けきってしまうかも知れないこの星に自然発火で緑が燃え尽きてしまうかも知れないこの星に人類がどれだけ適応して行けるかという課題が残されるだけなんじゃないだろうか。だとしてもつまり今まで通り人類が無策のまま状況を静観してたとしても私見ではあと百年や二百年は地球は滅びないと思うので少なくともうちの子供はまあまあ天寿を全うできるだろうし僕としてはそれで充分だ。後のことは知らない。これを読んで下さってる皆さんもたいてい同じ思いなんじゃないかと想像する。誰もが単なる遺伝子の運び屋に過ぎない。運び屋はとりあえず運んでるだけでそれがどういう意味を持つかまでは関知しない。最終的な行く末についても知らされてない。運ぶために必要な道が途絶えてもそれは運び屋たちの責任ではない。今までは道が続いていてラッキーだった。でもいつその道が閉ざされるかは誰にもわからない。それだけの話だ。そして道は遠からず閉ざされようとしている。そんな気がする。んだけど誕生日を祝うのにあまりふさわしくない話題になった。まあ家人は随分前からこのブログを読んでないので構わない。
 特にやることもなかったので午前中はだらだら過ごし子供が大学へ行くのを見送ってから家人とふたりで仕度をして出かける。今日の目的はキリンシティーでビールを飲むことだけ。11時半のお店のオープンまでには着くのがちょっと早かったのでカルディーとかヤマダ電機とかをふらふら見て回る。シンハービールは一瞬カルディーにあっただけですでに姿を消してしまったらしい。残念だ。行きつけだったパスタハウスにイタリアのモレッティーというビールがあってそれもとてもおいしかったのでシンハーなき後はそれに白羽の矢を立てようかと思っている。家人に訊くと確か成城石井には置いてあった気がすると言うので今度行ってみよう。ヤマダ電機では一階のガシャポンのコーナーを見て回る。見てるだけで結構楽しい。それから時間になったのでキリンシティーへ行く。家人はハートランド僕はメガのブラウマイスターで乾杯。季節の料理に泉州水ナスと生ハムのカルパッチョというのがあって家人が食べたいと言うので注文する。五ミリ幅くらいに薄く切ったたぶん生のナスにオリーブオイルとこしょうがかかってて細かく切った生ハムや紫たまねぎと一緒に食べる。すごくおいしかった。それといつものマルゲリータのピザとフライドポテト。フライドポテトはほとんど家人に譲って僕は別にハモの湯引きを頼んだ。家人は魚食べないんで。ピザもハモもおいしかった。家人は普通の僕はメガのブラウマイスターを追加。締めにはよくシーフードドリアを選ぶんだけど今回は見合わせてそこでお店を出る。それで近くにある割とカジュアルな天ぷら屋さんに行き天丼を注文。神保町の天丼いもやがなくなってから我々の天丼行脚には終わりがない。でも前に一度来たこのお店は家人が気に入ってるので僕も一も二もなく賛成。ただいもや育ちの我々は天丼をゆっくり食べるということができない。いもやじゃなるべく早く次の人に席を譲れるようにマックスのスピードで食べてたから天丼と言えばかっ込むという習性が抜きがたくついちゃってる。まあでもかっ込んでもおいしいものはおいしい。思い出補正もあっていもやはもっとおいしかった気がしちゃうけどね。駅前でちょっとだけ買い物して帰ってシャワーで汗流して僕だけもう一杯飲んでから昼寝。起きてから塾。明日は久しぶりにバイト。四日間の休暇で随分骨休めができた気がする。

www.kirincity.co.jp

 

新しい「あの人」像。

 様々な人が出て来る。文学者。兵士としての文学者。兵士。戦争の片棒を担がされそうな研究者たち。その研究所で育てられている現地人とニッポン人の混血の男の子。南方に送られ戦後帰国する元慰安婦。反逆罪で捕まる主義者たち。風の谷のナウシカ。「教育勅語」をつくった人々。地震学者たち。核兵器開発に携わる学者たち。そしてあるところまでは現人神であるところからは人間という「あの人」。あるいはフィクションとしてのその同じ「あの人」。幼かったその「あの人」に講義をする学者たち。作者にとても似た語り手も顔をのぞかせているような気がする。その他僕が忘れてるだけでもっとたくさんの登場人物がいたかも知れない。それら夥しい数の人々がそれぞれの物語を生きている。と書いて来ると一見まとまりのない作品に思えるかも知れない。でも彼らの全員に当てはまる共通点がふたつある。ひとつは近いか遠いかは別としてどこかで「あの人」につながってるということだ。つながってるというのが言い過ぎならなんらかの形で「あの人」の影響を受けずには生きられないとでも言うべきか。それがどんなにかすかなものだったとしても。もうひとつは全員が彼女ら彼らなりの哀しみを背負って生きてるということだ。それは全編の中心にいる「あの人」も例外ではない。異なってるのは「あの人」の哀しみが他のすべての人たちに哀しみを与えてしまっているが故の哀しみなのに対し他のすべての人たちの哀しみは「あの人」から与えられた哀しみだという点だ。それが「あの人」の存在感にこれまでになかった形で血を通わせているような気がする。ここにあるのは僕らがこれまで一度も目にしたことのなかった「あの人」の像なのかも知れない。自分ひとりのためだけにあるスタジオに座るDJとしての「あの人」の姿をこれまで誰ひとりとして想像し得なかったように。何度も書いてるように僕はこの作者の描く透明度の高い哀しみがとても好きだ。それはデビュー作の「さようなら、ギャングたち」から途切れることなく続いている。本作でも神島での「あの人」とミナカタクマグスとの会話のシーンなどその哀しみの感じは随所で存分に堪能できる。それらを読んでいて何度か泣きそうになった。その上どこを読んでもおもしろい。この本ももう少し安かったら手に入れて再読したい。という訳で「ギケイキ3」と並び購入希望リスト入り。

メンチカツを買いに。もしくは自分にご褒美。

 書き忘れてたんだけど今月の四日が家人の五十一回目の誕生日で七月に入ってからそれまでバイトは休むことにした。上半期割に働き詰めだった自分へのちょっとしたご褒美のつもり。誕生日にはキリンシティーにおいしいビールを飲みに行こうと思っている。ささやかなバースデイプレゼント。その間泳ぐのも休もうと思ってたら今日は夜の授業が生徒さんの都合でなしになったのでそれじゃあということで泳ぎに行ったんだけど先を急ぎすぎた。
 吉祥寺さとうの期間限定店舗が池袋西武で展開される最終日。あのメンチカツが並ばずに買えるというのはとても魅力だし前職を辞してから吉祥寺に行く機会なんてめっきり減ったし(つかもう何年も行ってない気がする)もしかしたら今生の食べ収めになるかも知れないと思って買いに行くことにした。今日は朝早い飛行機で子供が新千歳から帰ってくることになってたので昼食に食べようと子供の分と三つ買った。待ち時間はほぼなし。すばらしい。用事はそれだけで帰って来てしまったので今日はわざわざ池袋までメンチカツを買いに行ったと言っていい。なんとかを買いにというタイトルがこのブログではよく見られるんだけど言うまでもなくこれは新美南吉の「手袋を買いに」が大好きだからだ。「ごんぎつね」よりよくできてるんじゃないかと思う。お母さん狐に迷いが生じる結末もすごくいい。ハッピーエンドばかりが優れたお話じゃない。
 最寄りの駅まで戻り昼食とか買って帰る。帰って来た子供は塾に先に行ったのか家にはいない。僕はシャワーを浴び家人は昼食の用意をしてると子供も帰ってくる。旅行の話を聞きながら久々に三人で昼食。食後は昼寝。起きてから塾。問題集の問題を解く日だったので合間合間に本を読みながら過ごす。つまらないけど楽は楽だ。漢文で言うとここで返り点が入って最初の段落の最後に戻る。お客さんに混じってのスイムで千五十メートルを28分42秒。ターンできないコースしかなかったので二十五メートル毎に立ち止まらなければならなかったのは痛かった。でもまあそれが与えられた条件なら仕方ない。明日も何もなければバイトもスイムも休むつもり。

今度こそTシャツを褒められた話。

 最近Tシャツを用途毎に分けて着るようにしてる。バイトに着て行くのはゲームがモチーフの二枚。「スプラトゥーン3」のものとプレステの代々のコントローラーが線画でバックプリントされたものでいずれもユニクロ。買ったのは去年だったかな。デザインがとても気に入っている。ただ僕は最近ゲーム全然やらないのでありがたみという点に今ひとつ欠けてて普段遣いのポジションに留まっている。でも着てると本当に上がるんだよ。お出かけにはグラニフの「11ぴきのねこ」シリーズを着て行く。一枚は何年くらい前に買ったのか全体が明るめのグレーで恐竜に乗ったねこたちがプリントされてる。もう一枚は絵本の一作目の中から魚を求めていかだで航行する11ぴきが描かれてる白地のもので僕はこれが本当に気に入ってて着てるとちょっと誇らしいほどだ。と書いてて思うのはいい服を着てたらなんだか誇らしいよねってことだ。夏は特に凝ったアイテムは必要ないので格好いいTシャツとか着てたらひとりで勝手に盛り上がることができる。街を歩いてるとガラスとか鏡とかに全身が映ることがあってそこに映る自分は全然かっこよくもなくてげんなりするけどそういうのを気にしないことにすれば自分からは常に見えない自分を結構かっこいいと信じることはできる。だって11ぴきのねこなんだぜ。蛇足だけど今現在寝間着代わりに着てるのは外には着て行けないほど傷んだTシャツ達だ。11ぴきのねこの表紙の絵柄や村上春樹さんの「ダンス・ダンス・ダンス」の上下巻の表紙がバックプリントされたシャツ。前者はグラニフ後者はユニクロ。後者はバックプリントの上あたりが地面に平行に十センチ近くばっくり裂けちゃっててそういうことってあるんですかね。でもまあ愛着ハンパないんで粉々になるまで着ますわ。昨日はこの前Narural Kitchenの七月の新商品のポスターを見てこれは絶対欲しいと思ったいくつかのアイテムを買いに池袋のルミネに行った。ウェブでは七月になってからの販売ということになってると家人は言うんだけど店頭では六月末に販売開始と確か書いてあった気がしたから。ルミネは11時開店なので(なんで10時じゃないのか意味がわからん。銀座気取りかあんたは。)あちこちで結構時間つぶしてから行きポスターを改めて確かめると六月二十五日からと書いてある。喜び勇んで待ってた商品を見に行くといずれもとてもかわいくて速攻かごの中へ。という訳でお出かけ用の11ぴきのねこのTシャツを着てかごの中にねこのモビールとねこのタペストリーとねこの置物を入れて会計をお願いするとレジのおねいさんからそのTシャツかわいいですねと褒めてもらえた次第。無類のねこ好きと思われたんだろうねと言うといい方にとらないでよと家人。気持ち悪いおっさんと思われたに決まってんでしょ。そうなのかなあ。だとしたらちょっと悲しい。けどまあ仕方ない。よね。

Tシャツを褒められる。

 子供は札幌でのライブだかなんだかが終わって今夜は小樽に行ったらしい。運河の夜景が送られて来たので見たらなかなかきれいだ。もう二晩くらい北海道に滞在する予定だったと思う。楽しんで来るといい。
 「酒中に真あり?」というカテゴリは一杯飲みながらあるいはすでにできあがってから書くときに使っている。ここのところこのカテゴリが多いのは一日の終わり以外にブログを書く時間がないからだ。素面の時間があれば今は書くことじゃなく読むことに使っている。酔っ払っても書けるけど酔っ払ったら読めない。読めるけど次の日覚えてないから読んでないのと同じことになってしまう。だから酔っ払ったらもう読まない。書くだけだ。もちろん書くことも読むことなんだけど自分の書いたものを読むことと他人が書いたものを読むことでは全然意味が違う。自分の書いたものをリスペクトすることはない。でも他人の書いたものは特にそれが書籍の形をとってる場合はリスペクトから始まるような気がする。え。そういうのって割に権威主義なのかな。よくわからないんでいったん棚上げ。
 泳いだ後ふちねこ目当てにいつものカフェ・ベローチェへ。ヴェローチェかと思ってたらベローチェらしいので今日から表記を改める。レシート二枚ゲット。もう一度ふたりで行けば二個目のふちねこが手に入る。その後ジュンク堂で「百年の孤独」の文庫を初めて手にする。解説は筒井康隆さんだった。筒井さんと「百年の孤独」という取り合わせもすごくおもしろそうで買うかどうかかなり迷った。でも筒井さんの作品って読んだことないんだよね。だからとりあえず買うのは見合わせ。その後三省堂にも東武百貨店の旭屋にも行ったけどジュンク堂がこの本に関してはいちばん気合いが入ってた。個人的には昔の池袋リブロとか吉祥寺パルコブックセンターとか海外文学の品揃えですごく信頼してた書店もある。でもジュンク堂ってとにかく物量なんだよね。それで用もないのに時々書店員の過度な思い入れが出て来る。今回の文庫版「百年の孤独」みたいに。悪いけど空回り感があってあまり好きな本屋じゃないな。単行本の出版からこれだけ時間の経ってる作品だ。読みたい人はみんな読んでるし読まない人は文庫が出ようが読まない。想定できる購買層は読んだことあるけど改めて読み直したいという割に年配の人か読みたいけど単行本は高いから買えないという割に若い人かのどちらかくらいしか考えられない。でも文庫が安いという時代はたぶん終わってしまった。僕が持ってる新潮文庫の「老人と海」とか「坊っちゃん」とか背表紙の一番下に「140」と書いてあるのでおそらく百四十円だったんだろう。当時は消費税なんてものもなかった。もちろんこれらの本のもっと安いバージョンをお持ちの方もいらっしゃると思う。要するに文庫というのは本来安いものだった訳だ。じゃなきゃお金のない若い人が買える訳ないじゃん。僕は「ガルシア=マルケス全小説」収録の「百年の孤独」の単行本をブックオフで105円で見つけて買った。図書館で借りることだってできる。千数百円するその本を今さら買う必要があるんだろうか。
 タイトルの記事までたどり着けなかった。後日また。自分の着てるTシャツ褒められたらうれしいよね。今日のスイムは24分53秒で千メートル。まあまあ。ということで。

子供が札幌に行ってる。

 昨日の夕方千葉県からフェリーに乗った子供が今日の午後苫小牧に着きその後札幌まで行って今夜はそこに泊まると連絡があった。例によって詳しいことは知らないけど札幌で開かれるライブか何かを見に行くのが目的らしい。でも大好きなサウナ巡りもするようでフェリーにも今夜の宿にもサウナがあると言う。フェリーは大部屋で雑魚寝今日の宿もカプセルホテルという節約旅行だ。でもなんだかうらやましい。若さってそういうことだよなという感じがする。子供と同い年の頃自分が何をしてたか考えてみると大学にも行かずに下宿にこもってひたすら本を読んでた。あと行きつけの喫茶店に入り浸ってた。それはそれでひとつの若さの形ではあると思う。でも子供を見てると自分はもったいない時間の過ごし方をしたかなという気がしないでもない。後悔しても始まらないのでまあそういう人もいていいよねというところでうやむやにしてる。ものを考えるのにあまり突き詰め過ぎない方が幸せでいられるということもときにはある。特に過去を振り返る場合なんかには。家人は小説家だし僕はこんなんだし現実的な行動力とはおよそ縁がないふたりから生まれた子がどうしてこんな風に育つのか。よくわからない。でも悪くないよねうちの子とは思っている。どんな親御さんでもそう思うのかも知れないけど。
 今日のスイムは25分11秒で千メートル。プラス19分56秒で750メートル。いつものように朝泳いだ他バイトの空き時間が珍しくあったのでゆっくり目にもう一度泳いだ。お客さんをかいくぐってなので自分のペースを守るのが難しい。譲ったり頭を下げたり相手に不快感を与えないように気をつけて泳ぐ。プール監視を長くやってるとどういう泳ぎ方をする人が傍若無人なのかあるいは気を遣える人なのかというのがはっきりわかってくる。だから公共のプールで泳ぐ礼儀作法については結構達人なんじゃないかと自負している。まあそんなことで達人になってもなんの役にも立ちそうにないけど。