指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

疲れたので早く帰る。

 今日のバイトのシフト表を見たらいちばん早く上がる僕の最後の一時間半が四人態勢なことがわかった。プールの監視業務は三人が基本で人員が足りないとふたりに減らされることがありそうなると仕事はきつい。でも逆に四人になってもそれはそれで常にひとり余ってる状態なのできついと言うか気まずい。余ったひとりが何をしてればいいかわからないからだ。通常の業務にはないプールサイドの掃除とかにひとり入る場合もある。でもお客さんへのアンケートによると営業時間内の掃除を歓迎しない人もそれなりにいるみたいだしこの時期室温32度湿度60パーセント超のプールサイドでデッキブラシをごしごししようものならものの十分で汗だくだ。という訳で思いついたのがオレが一時間半早く帰っちゃえばいいんじゃね?ということだった。昨日もラストまで入って疲れてるし明日も腰痛のまーさんの代打で午前中の最長時間入るので疲れるだろうから今日が超時短勤務ならちょっと助かる。それで社員と相談してそうしてもらうことにした。家人にラインしてその旨知らせてからいったん帰宅。濡れた水着とかセームタオルとか干してから塾へ行き本の続きを読む。そのために一時間半早く上がったとも言える。それから家人と一緒に買い物に行き帰って来てから後はいつもと一緒。違ったのは昼寝を早めに切り上げて塾へ行きまた本の続きを読んだことだ。単行本ならできる限り一日百ページは読むことを自分に課している。あんまり細切れだと本を読むダイナミズムと言うか何かうまく言えないものがこわれてしまうような気がするからだ。これは二十代から続けてる習慣なので今では割に体に染みついている。でも結果的に今日はそれも達成できた。そういうおもしろい本を書いて下さった作者の方には感謝している。そう言えばガルシア=マルケスの「百年の孤独」が月末までに文庫で出るらしい。新潮社も思い切ったもんだと思ってたら家人に訊くとさすがに単行本では売れなくなってきたってことなんじゃないのと言う。なるほど。そうなのかも知れない。買うか?買わない。単行本を三冊も持ってるから。ただ一部でもいいから改訳されてたら考える。東京創元社から「薔薇の名前」のなんとか版も近く出るか出たかしたらしい。そんなん出すくらいなら改訳出した方がいいんじゃないかな。と思うのはこの前のNHK「100分で名著」のこの本の回のテキストで現行の訳についてかなり批判的なコメントを読んだからだ。まあイタリア語の専門家でもなんでもないし一方的なコメントだけで判断できることではないかも知れない。でも逆に言うと専門家ではないだけに一度ケチのついた訳に対してなんとかしてくれないかなと無責任に思ってしまうのもまあ仕方ないという気もする。文学愛好者じゃなく単なる文学ミーハーだからね。
 今日のスイムは25分07秒で千。昨日に続いてがっかりだけどそれもぜいたく言ってるだけなのかな。今日は三冠達成。かなり酔っ払ったし眠い。

ふちねこをもらう。

 ふちねこというのはちょっと前にはやった「コップのフチ子さん」の黒猫バージョン。カフェ・ヴェローチェで五百円弱(だったと思う)のレシートを四枚集めると一個もらえる。

c-united.co.jp

 今日家人とふたり二回分で四枚レシートが貯まったので一個もらった。五種類コンプリートはもしかしたらそこはかとなく狙うかも知れない。まだわからない。でもかわいくて僕はとても気に入っている。
 バイトがラストまでだったのでもう時間がない。今日のスイムは24分30秒で千と一見まあまあそうだけど本人は24分切る勢いじゃないかと思いながらきついのを我慢して泳いでたのでウォッチ止めたときの落胆ぶりと言ったら結構なものだった。「えっ」とか口に出して言っちゃったよ。こういうのほんとにいつまで経っても実感と客観がそぐわない。まあいつまで経ってもってたかだか半年くらいだから仕方ないか。

バイトは今日からまた九連勤。

 バイト仲間のグレートマザーまーさんからグループラインに連絡があって腰痛のため来週の火曜日のシフトを休みたいということだったので代わりに入ることにしてバイトはまた今日から九連勤。自分で選んだことなので文句は言えない。午前中は暑めの土曜日の割にはプールは空いてて仕事は思ったより楽だった。それでもいくつかのルール違反については注意しなきゃならなかったけど。面倒だけどそれが仕事なので仕方ない。スイムは24分19秒で千とまあまあの好記録。ちゃんと泳げば25分は切れるくらいになって来たのかな。だとしたらうれしい。まあ慢心せずに一日一日。お昼はそうめんで相変わらず家人のそうめんはゆで具合が完璧でとてもおいしかった。母親はなんでもぐずぐずになるまでゆでちゃう人なので特にそうめんとほうれん草のおひたしについては結婚して家人のつくってくれたのを食べてこんなにおいしい食べ物だったのかと初めて気づいて本当にびっくりした。パスタのアルデンテじゃないけど歯ごたえってほんと大切だ。
 明日のバイトは夕方からラストまでだけどせっかくお休みの午前中はほとんど雨みたいだ。泳いだ帰りにでも図書館に本を借りに行って読み始めるとするか。それとも家人がどっか出かけたいと言うだろうか。今日はまた夕方からバイト。でも体中のどこも痛くなくてそれって実はすごい幸せなことなんじゃないかと感じ入ってる還暦おやじ。

一日雨みたいだ。

 このあたりは夕方までほぼ一日雨みたいだ。朝食をとってから泳ぎに行く。23分57秒で千と四十日ぶりに24分を切った。体が刻むペースに着いて行き途中でこりゃ調子いいかな今日はと思った。最後の二十五メートルだけ残りの力を振り絞って泳いでのこのタイムなのでまあまあ無理したかな。そんな風にがんばってみたい日と昨日のように無理したくない日とはっきりふたつに分かれるみたいだ。そういうのがわかると気持ちをうまく割り切るのに役立つ。まあこういうのも物語化と言うんだろうな。物語をうまく味方につけると人生は少し楽になる。
 せっかくのバイトの休みだけど雨なので遠出するのはやめて駅前のスーパーで買い物を済ませることに決める。シャワーを浴びて結構だらだら過ごしてから家人とふたりで出かける。子供は早起きして塾にラジオを聴きに行った後帰って来て寝直している。図書館で「ギケイキ3」を返却しサイトのステータスで見るとそろそろ来ることになっていたもう一冊が届いていないか確認してもらうとまだなことがわかる。そのたった一時間後に届くことになる訳なんだけど。以前はいつどこを読み返したくなるかわからなかったので本はできる限り買うようにしていた。今はこれ以上の本を置いておくスペースがほぼなくなったことと金銭面の問題でまず買わなくなった。新刊が出れば必ず買ってた著者のものも今や滅多に買わない。最後に買ったのはコーマック・マッカーシーの遺作でまだ読んでない。でもそれは買わない訳に行かなかった。じっくり読みたいのである程度まとまった時間が空くのを待っている。七月の初めにバイトは有休を取ろうかと考えているのでそのとき読めるかも知れない。今日届いた本は順番待ちに登録したのが三月半ば。その段階で二十人弱が待ってたけど三ヶ月ちょっとで番が回ってきた。経ってしまえば三ヶ月なんか大して長くない。蔵書が複数冊あったからこれほど速かったんだと思う。後は一回読んでから買うかどうか決める。とりあえず「ギケイキ3」は購入リストに入った。4が出る頃に値崩れしたところを中古で買おうと思ってる。
 強い雨でスポーツサンダルがぐっしょり濡れる。気持ち悪いけどまあ帰るまで束の間の辛抱だ。駅前のスーパーでふたり分の昼食と子供の分の夕食を牛丼屋で子供の分の昼食をコンビニでふたり分の夕食を買って帰る。これでもう今日は出かける必要がない。時間が割に早かったので何日か前に買ったキリンのラガービールを開けて百均で買った湖池屋のり塩のポテトチップをアテに飲む。家人と子供はカルビーのポテトチップしか食べないけど僕は湖池屋しか食べない。子供の頃から親しんだ味だから。それからもう少し手のかかったアテと缶酎ハイ。昼食後昼寝。午後からは普通に授業をする。明日は朝から昼までと夕方からほぼラストまで明後日は夕方からラストまでバイト。でも昨日の疲れはなんとなく取れたような気がする。

そりゃ疲れもするわな。

 昨日書いたようにヘンな疲れが出て来た。どうしてだろうと思って今日でバイトが十三連勤だったことに思い当たる。この前の土日は二日連続でラストまで入ったしその前の土日もほぼほぼラスト近くまで入ってた。そりゃ疲れもするわな。このブログをざっと調べてみると塾と合わせて十五連勤というのが見つかったけどバイトだけでの十三連勤というのは久々みたいだ。この前バイトだけで十四連勤の予定だったときは途中で発熱で倒れて達成できなかった。記憶にうっすら十七連勤というのがあるけどたぶん随分前の話だと思う。塾まで含めての連勤となるとこの前二日の日曜日に丸一日休んだのが最後なので月末まで二十八連勤ということになっている。我ながらどうかしてるぜ。でも別にそんなに儲かる訳でもない。不思議だ。
 バイト仲間のグレートマザーまーさんは腰痛が悪化して勤め先に来たことは来たけどすぐに帰ってしまった。かく言う僕もまーさんほどひどくはないもののそこはかとなく腰が痛む。思い当たる節がないので疲労のせいなんだろうと思う。今日は僕もつらかったのでまーさんのケアをしながらの仕事にならなくてむしろ助かった。彼女がいつも通り元気ならこれほど心強い仲間はいないけどね。誰かを労る余裕が今日の僕にはないみたいだった。それでも他のみんなより早く帰る手前できる仕事は人の分まで全部して来た。そういう仁義の通し方が好きな性分なのでこれはもう仕方ない。という訳で明日のバイトは久々のお休み。でもそう思うと気がゆるんでほんとにつらくなっちゃうかも知れないのでなるべく考えないようにしている。気がゆるむだけならいいけどマジでどっか痛くなったりするから。胃とかおなかとかひざとかね。すでに腰が怪しいだけでもう充分。
 今日のスイムは25分25秒で千。あまり無理したくない日だったのでまあこんなもんでしょ。明日はバイトがないのでゆっくり泳げる。
 昨日の「ギケイキ3」について家人と話してるうちに気づいたことがあったので追記しておく。おそらく源義経静御前についての史実をあまりよく知らない方がおもしろく読めるんじゃないかと思う。たとえば個人的には静の身ごもってたのが女の子か男の子か知らなかったのでそのシーンでは割にどきどきすることができた。要所要所かなり史実に基づいているらしいのでよく知らない方が物語としては楽しめる気がする。長いお話だけど文句なしにおすすめ。ただし現状では未完。

ギケイキ3。

 今このブログを検索すると「ギケイキ」の一作目を読み終えたのが2016年ということになってる。もうちょっとで十年経ってしまう。「ギケイキ2」については記述がないみたいだ。でも義経静御前と別れその後義経と敵対する勢力に静が捕まってしまうシーンを読んだ記憶があるし本を持ってた覚えもあるのでまず間違いなく2も読んでると思う。ひとつはっきり覚えてるのは四巻本の二巻目の終わりで静と別れてしまってあと二冊分何を書くことがあるんだと歴史に詳しい家人に尋ねたことだ。それに答える形で書いておくと本作は義経が静と別れた後も敗走を続けるところから静が母親の磯禅師と共に鎌倉へ引っ立てられ頼朝の前で歌と舞を披露してから京に戻されるまでが書かれている。ちなみにアマゾンで調べると2が出たのが2018年。3は去年2023年だから一冊が出るペースは確実に遅くなっている。昨日も触れた通りこの分じゃ4がいつ出るかは予想もつかない。辛抱強く待つか掲載誌を追っかけるしかない。ただ文芸誌を読む習慣というのがないし続きを気にしながら細切れに読むのも業腹なので待つしかないかも知れない。書き抜いておいたのはこんなところ。

(前略)しかしまあ昔も今も上下貴賤の別なく人間はこんなものだ。美しく歌ったところで、根底にあるものは同じ。私は美しい言葉を弄ぶ奴の心の奥底で常に銭と欺瞞のフェスティバルが開催されていることを知っている。えへへ。(後略)

 「私」とはこの作品の語り手である源義経を指している。この「人間はこんなものだ。」というのがこのシリーズ全編を貫く人間観だと思える。卑小で自分勝手で愚かしい人間群像。ただしそれを免れている登場人物もほんの少数いて彼らの姿は神々しい。そしてその神々しさが「こんなもの」に過ぎない人間をより「こんなもの」におとしめている。おとしめられた「こんなもの」達にも救いはあるのか。それともどこまでもおとしめられたままで終わるのか。それに対する価値判断は作者にはないような気がする。ただ「こんなもの」が「こんなもの」として淡々と描かれるだけだ。でもそれがおもしろい。なにしろこのシリーズは読んでいてシンプルにおもしろい。これがあるからこの前の「ホサナ」みたいな作品も我慢して読んじゃう訳だ。我慢してって書いちゃったけど。
 今日のスイムは24分57秒で千と辛うじて25分を切った。昨日ほど時間がなかった訳じゃないので気持ちゆっくり目に泳いだつもり。ただしその後のバイトはつらかった。なんの疲れかわからないけど疲れがどっと出た感じ。久々に家人と買い物に行けたので少しはリフレッシュできたけど。まーさんに蒟蒻畑のコーヒー味をもらって食べたらおいしかったのでなんだかコーヒーゼリーが食べたくなって買ってきた。コーヒーゼリーって割に好きだ。夕食が済んだらデザートに食べよう。千メートル泳いで千字以上書く二冠のみ達成。

おむつが取れる。

 昨日のエントリを書いてて思いだしたことがある。この前プールの受付の仕事をしてたときのこと。一歳になったかならないかのお子さんをだっこしたおそらくお母さんと思われる女の人とその夫と思われる男の人の三人連れがやって来て男の人の方がにこにこしながらこの子と三人でプールを利用できるかという意味のことを尋ねた。お子さんはまだおむつが取れてないように見える。規則上おむつが取れてない子供はプールを利用することができない。おむつを兼ねた水着というのも最近では出回ってるらしいけど施設的にはそれもNGになってる。なのでお子さんはおむつが取れてますかと尋ねると大丈夫みたいなことを言う。それならチケットを買ってもらえば利用できる。ご夫婦と思われるふたりはそれからしばらく何事かを中国語で相談していた。かなり流ちょうな日本語を話すが夫も中国人のようだ。何分かすると結論が出たみたいでチケットの買い方を尋ねる。それでもおむつの件が気になったのでお子さんは本当におむつが取れてるんですかと再度尋ねると更衣室で脱がせるから大丈夫と答える。言うまでもなくそれっておむつが取れてない状態を指している。おむつが取れるというのはおむつをする必要がなくなる状態までたとえばトイレトレーニングならトイレトレーニングができてるという意味であって物理的におむつをはずせばそれで済むという話じゃない。でももちろんそれはこの言葉を半ば慣用句としてあるいは比喩として使ってるからでそれを知らなければこの言葉は普段おむつしてても一時的にはずせばおむつ取れてるってことだよねという風にも解しうる。現に日本語ネイティブではたぶんない彼はそう解した訳だ。なので事情を説明して大変申し訳ないけど今回はお引き取り願った。この一件の意味するところとは何か。異文化間のコミュニケーションは難しいということか。もっと限定して日本語は難しいということか。もちろんそういう風にも取れると思う。ただ自己解体が信条の身からすると自分は傲慢だったなというちくっと心に何かが刺さった感覚がこの一件の意味だった。おむつが取れるという言葉が慣用句的な意味を持ってることにもっと早くもっと意識的に気づいていればこの齟齬は避けられた。それができなかったのは彼に比べれば日本語が堪能と言っていい自分の責任と思われた。たとえばお子さんはおむつしてますかという言い方を最初から使ってればそれで済んだ話なんじゃないか。特に異文化の人と接するときは言葉をもっとかみ砕き無意識に前提としてるものをもっと速やかに意識に上らせる必要がある。個人的にはそんな心がけが自己解体という言葉のイメージの一部をなしてるように見なされている。と書いて来るとそれは異文化の人相手に留まらずもっと広く他者全般に対してそうすべきなんじゃないかという気もして来るけど。
 今日のバイトはグレートマザーまーさんと群れるのを嫌うサコちゃんのふたりと一緒で気持ち的にはすごく楽だった。誰にも何ひとつ指示することなく仕事がきちんと回るから。ただしまーさんが腰痛でコルセットをしてたのでちょっと気を遣った。力仕事も引き受けたしコースロープの移動(という作業がこの仕事にはある。)も比較的大変な部分を受け持った。僕が帰ると三十分間ふたり態勢になっちゃうので負担を軽くするために十五分だけ勤務時間を延ばしてその間にすべき面倒な作業を買って出たりもした。それで随分楽してもらえたと思う。よかった。大雨だったので昨日の予想通りお昼はコンビニで買って来て済ませる。子供が出かけてて夫婦ふたりだけだとできる限り手間を省くことができる。いるとそれなりに手をかけなきゃならないけど。
 今日のスイムは24分ちょうどで千メートルと五月十一日以来の好タイム。時間ぎりぎりでプールに入ろうとしたらまーさんに話しかけられた。僕としては彼女に話しかけられてシカトするという選択肢はないのでちょっと話すうちに千泳いでシャワーを浴びて体を拭いて出勤時間までにタイムレコーダーを押すのがやや難しいかと思える時刻になってしまった。ここまで追い詰まったのは初めてかも知れない。それで意識的に飛ばして泳いだ。途中でこのペースじゃ千メートル保たないかなと思ってペースダウンしたつもりなんだけどアップルウォッチからアイフォンに送られたログをチェックするとほとんどペースダウンになってない。こういうのっていつもそうなんだよね。ことスイムに関して言えば自分の体を自分の思うようにコントロールするのってとても難しい。ランなんかでもそうなのかな。ランナーの知り合いがいないのでよくわからないけど。「ギケイキ3」がほとんど読めなかったので今日は二冠に留まった。あれ?もうちょっとで二千字なのでがんばってなんか書こう。「ギケイキ3」ほんとおもしろい。固有名詞とか歴史苦手なので全然わかんないけどとにかくおもしろい。今回図書館で借りたけどいつか買いたい。それで4が出るのを待って1から全部いっぺんに読み返そう。

今日までで十連勤。

 バイトは今日までで十連勤。あと三日行けば金曜日は休める。しかもその三日間はいちばん短い勤務時間で希望を出してるので家人と買い物にも行ける。と思ったら明日は一日雨みたいだ。子供も大学へ行くしお昼は家人とふたりだけなので近くのコンビニとかで済ませちゃうかも知れない。
 今日のスイムは26分26秒で千メートル。二日続けてラストまでバイトで睡眠時間も短かったし疲れてたしで割とちゃんと泳いだつもりでもこんなもん。・・・なんかこのタイムって銀河鉄道999のある星への停車時間ぽくないですか?ってわかんないって誰も。
 授業の途中でドアをノックする人がいたので開けると見覚えのあるおじさんが立っていた。この前ふたりの子供だか孫だかを連れてプールに来た中国人のお客さん。日本語がまったくわからなくて受付ではスマホの翻訳機能を使ってかなりのすったもんだを演じた挙げ句チケットを買って子供ふたりを着替えさせてプールに入れたのはいいとして彼らを見守りたいということで着衣のままおじさんもプールサイドに姿を現した。プールで着衣は基本NGなのでどうするか社員に問い合わせるとそういう事情なら見てても構わないと言うのでプールサイドのベンチに座っててもらうことにした。のはいいんだけどこの人が水泳の指導をするのかなんなのか立ち上がってふらふら子供たちが泳いでる方へ歩き出す。それはさすがにまずいのでベンチに座ってるようにまったく通じない日本語と身振り手振りで誘導すると特に逆らうでもなく素直に従う。ここに座ってていいのかと英語で言ったような気がしたのでユー・スピーク・イングリッシュ?と尋ねるとわからないみたいでまたぞろスマホを取り出す。埒があかないので笑って両手で押しとどめる。その後はおとなしく座ってたみたいだ。僕は途中までで勤務時間が終わったので帰って来ちゃったけど。それで一昨日だったか昨日だったか夕方シフトに入ると満面の笑みで会釈してくれるおじさんがいる。なのでこちらもあわててつくり笑いで挨拶する。誰だか覚えてない人にすごく親しそうにされるというのはこの仕事では(そして想像するに他の多くの客商売でも)割にありがちなことかと思う。そのふたりのおじさんが同一人物だと頭の中でつながったのが今日塾のドアを開けたときだ。おじさんは一瞬驚いた表情をした後すぐに持ち前の笑顔で軽く手を挙げてくれた。僕と思い当たったからだろう。僕も笑顔で迎えるしかなかった。ただ要するにその子供だか孫だかをうちに通わせたいという希望だけは通じたものの細部がまったくわからない。僕は各種デバイスの翻訳機能というのは語学の習得の手間を大幅に削減してくれるものと割に単純に信じてきた。でも考えを変えた。そのおじさんが手にするスマホが古いとかそういう可能性は否定できないにしろ通常の会話を成り立たせるのに役立つとは到底思えない低レベルに留まってる。なにしろ翻訳された日本語が日本語になってないという体たらくだ。あれでよくも異国の文化の中で異言語スピーカーとコミュニケートして行こうと思えるもんだなと逆におじさんの楽観に感心する。行く先々で常にトラブらないと暮らして行けないように思うんだけど。僕はああいうストライクゾーンをいっぱいいっぱいに使った生き方はできない。ボールと判定される可能性がある球は極力投げない。それは自分のストレスであるばかりでなく相手にも迷惑をかけることだからだ。でももちろんそれが正しい生き方だと主張するつもりもさらさらない。世界をどんな風に使うべきかという問題に関しては我々のひとりひとりがそれぞれの答えを見つけるしかない。
 中二日で今日は三冠。「ギケイキ3」の残りがわずかになってとても残念だ。

殴り書きな感じで。

 今日もラストまでバイトに入って残り時間があまりないし寝酒も飲み始めちゃったしで手書きなら殴り書きな感じで勢いに任せて書いちゃおうと思う。昨夜は寝酒のスタートが遅かったので寝るのもいつもより一時間くらい遅くなった。寝覚めも悪くて滅多にないことに若干アルコールが残ってる感じがあった。でも日曜日はいろいろあって比較的ゆっくり泳げるので朝食抜きでいつもの時間に出かける。アルコール以上に昨日の疲れも残ってるように感じられたので無理しないことを課題としたら千メートル泳ぐのに27分以上かかった。あまりの遅さに我ながらさすがに驚いたけどまあ途中でプールに浮かなかっただけでもよしとしなければならないかも知れない。午前中はバイトがないので用が済んだらさっさと帰ってシャワーを浴びて家人と朝食に出かける。池袋ジュンク堂並びのカフェ・ヴェローチェ。いつものAセットが品切れだったのでCセットをお願いしたらそっちもすごくおいしかったよ。食後は元の東急ハンズだったニトリで家人が買い物。それからISPでいろいろ見る。カルディーからはこの前まであったシンハービールが姿を消しててすごいショック。ただ家人がねじねじのショートパスタを見つけて買う。ときどきそういうのが食べたくなるんだそうだ。僕は苦手なので食べないんだけど。西武百貨店の地下で久々にチャーハンを買って帰る。お店の名前は忘れた。最寄りの駅に戻ってきて駅前のスーパーで買い物をして帰宅。シャワーを浴びて飲んで食べて昼寝。起きてからブログ書いちゃおうかなあと思ったんだけどどうも気が向かずにバイトに出かける。プールサイドは昨日同様室温三十二度湿度六十パーセントと監視台に座ってるだけでも汗が流れる環境。昨日はこれが本当にきつくて大変だったんだけど今日は少し慣れたみたいだった。少なくとも昨日ほどはきつくない。もっともエアコンをがんがんにかけた詰め所にほんとはいけないんだけどできる限り長くいたことも奏功してるかも知れない。人の命を預かる仕事にはあるまじき怠慢と上は言うかも知れない。でも僕らだって僕らの命を預かってる。別に楽しようとか言うんじゃなくほんとにきついんだよ。勘弁してくれ。お客さんが全部帰った後忘れ物に浮き輪があった。浮き輪とか空気が入ってるものはそれを全部抜いてから忘れ物として保管するように決められてる。と簡単に言うけど浮き輪の空気を抜くってなかなかの重労働だ。こういうのってなんかこう鋭利な刃物とかで穴空けちゃいたくなりますよねえと受付の女の子に言ってみる。取りに来た人に何か言われたらいや見つかったときはもう空いてましたよとか言っちゃえば相手としてはどうしようもないんじゃないですかと続けたらすごい笑ってくれた。女の子に笑ってもらえたらうれしいよね。いくつになっても。ここまでで四十五分。おお一応千字越えた。あとで推敲するかも知れない。

三冠陥落。

 千メートル泳いでブログを千字書いて本を百ページ読むのを自分では三冠と称して一日の目標にしてる。昨日まで五日連続で達成してたんだけど今日はもう無理みたいだ。千メートルはなんとか泳いだけど本業とバイトで時間がなくて本は一ページも読んでないしすでに酔っ払ってる今から十五分で千字書けるとも思えない。でもまあ自分なりにはよしとしている。そういう日もある。
 今日のスイムは25分19秒で千メートルとまあまあ。明日の午前中はお休み。バイトはまたラストまでかなあ。

バイト十三連勤中。

 金曜日の午前中は割に人が足りてるみたいで先月は希望を出しててもバイトに入れなかった日が何日かあった。なので今月は毎週金曜日に休みたい旨シフトの希望を出した。すると今日と二十八日の二回金曜日の午前中なのに人が足りない日がある旨グループラインに知らせが来たので追加で入ることに決めた。もちろんそういうことをすると禁じられた七連勤以上になってしまう。そこはまあ前にも書いたように小細工を使って七連勤にはならないように見せかける。とりあえず今は先週の金曜日に休んだきり来週の金曜日まで休みがないので十三連勤中ということになる。でも以前と違って一日の時間を短めにしてるのでそこは思うほどつらくない。家人と買い物にも行ける。家人と買い物に行くのがとても好きだ。楽しいしストレスの発散にもなってる気がする。ただし今日明日はシフトがいつもより一時間長いので買い物には行けない。まあ仕方ない。それよりきついのは土日の夜終業までいたくないのでそれよか一時間とか早めに帰れるように希望を出してるのに希望を出した段階で土日ラストまでいてもらうかも知れませんけどそれでもいいですかあかなんか言われて結局ラストまで延長されることだ。これで自分のシフト希望が全部通ってるのならまだしも午前中の人の多いときはカットされて足りないところは延ばされるというのはやや納得が行かない。言い換えると楽な時間帯ははずされてきつい時間帯ばかりが回ってくるということでそんな使う方にばかり都合のいい話があってたまるかよとも思う。でもカットされれば収入が減るのでその分つらい時間帯でも引き受けざるを得ないという構造になってる。いわゆる敵の思うつぼだ。それでもシフト係がしーちゃんだったら気を遣って楽な受付なんかに回してくれたりしてそれなりに帳尻を合わせようとしてくれる。でももうひとりのシフト係の若造と交渉した日にゃ一切温情というのがない。だからやなんだよお前は。と思ってたら七月からシフト係から若造が外されて最近来た新入社員が受け持つことになった。彼とは少なくとも若造とよりは関係がいいので少しはましにならないかなと期待している。七月のシフト希望早く出さなきゃ。
 今日は千メートル泳ぐのに26分08秒かかった。ただこれは割に意図的にゆっくり泳いだ結果なので特にがっかりはしてない。昨日結構がんばっちゃったので今日はのんびりしようかと考えた次第。明日はどうしようかな。それと今日も三冠は継続中。

読み続ける。

 「昏色の都」を二日で読んでしまったので昨日は昼寝を少し短くして図書館へ出かけ本を返してもう一冊借りた。昨日今日とその本「ギケイキ3」を読んでいる。「昏色の都」もそうだったように「ギケイキ3」もすでに次の予約が入ってる。なのでなるべく早めに読んで返してしまおうと思っている。と言うのも図書館の貸出期限は二週間なんだけど予約者数に二週間をかけ算してもどうもそれ以上長く待たされてるとしか思えないことが結構あるからだ。まあウェブで予約して本が届くとそこから一週間以内に取りに行けばいいことになってるのでひとり当たり最大三週間かかる場合があるとしてもそれより待ち時間がはるかに長いような体感がある。どうしてかはわからない。だからせめてひとりくらいは待ち時間を短縮しようと心がけるユーザーもいた方がいいんじゃないかと考えている。別にいい人ぶる訳じゃないんだけどそういうのもある種の公共性と呼べるんじゃないだろうか。「ギケイキ3」は町田康さんの小説で語り手が源義経という一応は時代物。これ一冊で連載期間が五年近くかかってるみたいだ。確か四部作だったと記憶してるので完結までにはまだまだ時間がかかりそうだ。
 そんな訳で昨日は普通にバイトして家人と待ち合わせて買い物に行って普通にお昼食べて昼寝してちょっと早く起きて図書館行ってから授業。ブログは久々にちょっとこだわって書いた。
 今日も大体同じ。ただバイトが一時間長かったので買い物には行けなかった。実はこの延びた一時間が結構くせ者でその時間帯まで残ってるとプール監視の他にやるべき仕事がいろいろ出て来る。普段は他の人に任せて帰って来てしまうんだけど今日は頼りになるバイトが他にいなかったのでかなりの部分をひとりでこなさなければならなかった。でも時間内にすべてクリアできたらそれはそれでささやかな達成感はある。まあ誰に賞賛されるというものでもないけどひとり悦に入ることはできる。個人的にはそういうのを割に大切に思ってるみたいだ。これは前職のときに培われた価値観だと思う。誇る相手は自分しかいない。でもそれがなければ仕事はもっとずっと無味乾燥なものになる。
 今日のスイムは24分11秒で千メートルと昨日から一転して24分を切ろうかという勢い。最後に24分を切ったのは五月十一日だったのでおよそ一ヶ月ぶりのちょっとうれしいタイムとなる。ただ二百五十メートルくらいからすごくきつくてこれで千メートル乗り切れるかなとやや不安だった。でも意識的にペースを落とすことはしないで行けるところまでは行こうと体に着いて行けたのがよかった。もちろんつらいのは嫌だ。でもつらい方へあえて向かって行こうとする自分もいる。要するにスポーツの本質とは分裂ということなのかな。おっと。今日もめでたく三冠達成。

クロールの息継ぎについて。

 更新される度に拝読するブロガーの方がクロールの息継ぎについて書いておられた。僕も毎日クロールで泳いでる(つかクロールでしか泳げない。)のでちょっとでもご参考にしていただけたらうれしいと思って自分のことを書いてみる。まず僕は右でしか息継ぎをしない。つまり左腕を水の中で掻いてる間に首を右に傾けて息継ぎをしている。でもこれは個人差があって当たり前なので別に左側でも構わないし左右混在でも構わない。バイトしてるプールに来るお客さんの中には左右混在で息継ぎをしてる人も多数派ではないものの見受けられる。もちろん本人がそれでいいのなら全然構わないと思う。問題は息継ぎがつくり出すリズムをどう整えるかということだ。僕は左で掻く(プラス息継ぎ)、右で掻く、左で掻く、右で掻く、左で掻く(プラス息継ぎ)という四拍子とでも言えばいいのかそのリズムで泳いでいる。これはおそらくクロールで泳げるようになった小学生の頃から変わってない気がする。お客さんを見てるとこの左右合わせて四回掻く毎に一回息継ぎをする泳ぎ方がいちばん多いようだ。この息継ぎのリズムが自分にしっくり来てるかどうかというのはとても重要な問題だ思う。要するにそのリズムが泳ぎ続けるための最小単位となるからだ。この最小単位がしっかりできていれば理屈の上では疲れ切るまでは泳ぎ続けることができるんじゃないかと思う。
 次に息継ぎの仕方。僕はたいてい二十五メートルプールの壁際のコースでたったひとりで泳いでいる。このブログではおなじみのバイト仲間グレートマザーまーさんが反対側の壁際で泳いでいたりすることもあるけど基本的には他のスイマーの波がそれほど気にならない環境と言える。それでも僕は割に大げさに息継ぎをする方だと思う。大げさにと言うのはアクションが大きいということだ。息継ぎのときに視界がプールサイドや壁で留まることはどちらかと言えば稀でたいてい天井が見えるまで頭を(ということはもしかしたら体全体を)ひねっている。これにははっきりした利点と欠点とがあって利点は水を飲む確率を少なくできることだ。息継ぎのときに空気に混じって水を飲み込むことほどいやなものはないけど顔を水面に対して平行に近く上げてしまえばそのリスクを最小にすることができる。欠点はスピードが落ちることと多少は余分に体力を使うことだ。でも僕のような野良スイマーにしてみれば速さなんて二の次だし水を飲むダメージに比べたらわずかに体力を削られることなど意に介さなくてもいい範囲に留まる。という訳であくまで我流を貫いて泳いでいる。でもこの前かなり泳ぎのうまい人からお上手ですよとひと言いただきそれは結構心の支えになっている。
 今日のスイムは25分6秒で千。結構きつくてのこのタイムで驚いている。それから今日で三日連続千メートル泳ぎ百ページ以上読んで千字以上書くの三冠達成。やっぱ読むのがいちばん難しい。

諏訪哲史さんの新刊を読み終える。

 作者は何かをとことんまで突き詰めずにはいられないひと言で言うなら凝り性な人なんだろうなという気がする。思い起こせば「アサッテの人」の語り手のおじさんの造形からしてそうだった。本書でもその凝り具合はいかんなく発揮されている。暗闇に始まり暗闇へと戻って行く人生のあり方の描写として。酷寒の舞台で展開されるひとりの若者の内面の劇として。一軒の貸本屋を営む貸本業兼貸本執筆者の「おじさん」にまつわる(おそらくは)偽史として。そこに見られるある種の徹底ぶりはときにファンタジックな色彩を帯びフィクションを読む楽しさを存分に味わうことができる。と言うと僕の知る限りではスティーブン・ミルハウザー三崎亜記さんを思わせるけど彼らともまた異なっている。彼らは言わばアイディアの連続で読ませる。それに比べるとこの作者はもっとずっとストイックな何かを隠し持ってるように感じられる。それは三作目の「貸本屋うずら堂」のように言葉の響きがユーモラスな方向へ開かれているような作品のときでさえ何かが律儀に遵守されている印象をつくり出す。その何かとは僕の手にかなう言葉で言うならやはり文体ということになると思う。言わば物語よりも語り口の方が大切にされている―と言うと言いすぎかも知れないけど―ような気がする。あるいはそれらが最低でも等価と言うべきか。それがこれらの作品に共通する独特な雰囲気を醸し出してるように思われる。
 昨日とほぼ同じような一日。バイトはグレートマザーまーさんと群れるのを嫌うサコちゃんと一緒だったのでとてもやりやすかった。デタさんの件でまーさんがあれからどうなったと尋ねるのでオックスには断りを入れてひとりでお線香買ってお渡ししましたと答える。すると今回のオックスのとりまとめにはまーさんも完全には納得がいってる訳じゃないようでこういうことは今後しないようにしようと思うと言う。僕としてはそれもまた違うのかなと思わないでもないのは他のバイトの慶事やご不幸のときに何をするかしないかというのを等し並みに考える必要はないんじゃないかと思うからだ。たとえばたいていの学生バイトに対しては何があろうと何もしないと思う。でもうっちゃんにはご結婚のときもご出産のときもささやかなお祝いをお贈りした。僕は彼女にある種の好意を持ってるからだ。今回もデタさんという人に個人的な好意を持ってるから何かしたいと思っただけのことだ。そこのところの考え方がまーさんとは違う気がする。もちろんどう考えようがそんなこたあその人の自由なんだけれども。
 今日のスイムは25分01秒で千となかなかの健闘ぶり。でも思ったほどきつくなくてそれは割合うれしい。

諏訪哲史さんの新刊を読み始めた。

 ご存じない方にちょっとだけご説明しておくと諏訪哲史さんは2007年に群像新人賞芥川賞のW受賞を果たした「アサッテの人」でデビューされた。それより前に当時の仕事の関係で諏訪さんの奥様を存じ上げていて旦那様が小説を書いてるということも耳にしていた。でも大変失礼ながらそんな華々しいデビューになるとは思ってもいなかった。その年丸の内にある丸善で行われたサイン会に行ってサインもしていただきその場にいらした奥様にも久しぶりにご挨拶した。というちょっとだけ個人的ないきさつもある作家の方だ。その後「りすん」「ロンバルディア遠景」は買って読んだ。今アマゾンで調べると長編はその三作だけのようだ。今読んでるのは短編集で図書館で借りた。きっと難解だろうと思って貸出期間を延ばしてもらおうと図書館のサイトを見ると次の予約が入ってるので期間の延長はできないということだった。図書館で検索をかけたときデータが出て来なかったので購入をリクエストしたのは僕だ。でも他にもこの本を読みたい方がいらっしゃるということだ。結構コアなファンの方なんじゃないかと想像する。決してポピュラーな作家とは言いがたいと思うから。という訳で僕の持ってる「アサッテの人」には諏訪さんのイラスト入りのサインと2007.7.5という日付が入っている。あれから十七年も経つのかあ。早いなあ。最近は国書刊行会から本を出されている。諏訪さんと国書刊行会ってなんか組み合わせとして似合いすぎてて恐い。国書刊行会の佐藤今朝夫さんも奥付に名を連ねていてお元気そうでよかった。息子さんは大学の同級生。そのことも前に書いたっけな。
 普通にバイトして家人と買い物行ってという普通の日。バイト仲間で個人的には苦手なおじさんオックスと仲のよい女の子んぶちゃんから帰り際に次のこの仕事私がやらなきゃ駄目ですかみたいな質問を受けたんだけど僕はこれから家人と待ち合わせて買い物行くために帰るんで帰った後のことまでは知りません。と思う。僕を頼ってくれるのはいいとしてあなたを楽にするためにいいように使われたくはないんでね。残ったメンツでなんとかして欲しい。お誂え向きにオックスもいるじゃん。彼がどれだけ使えるのか自分の目で判断するいい機会だと思うけどね。
 今日のスイムは25分47秒で千。これだけゆっくりだと泳ぎ切っても息の乱れなんてまったくない。でもこういうのでいいんだよ。こういうので。