指栞(ゆびしおり)

すまじきものは宮仕え。

車谷長吉さんの作品を初めて読んだ。

漂流物 (新潮文庫)

漂流物 (新潮文庫)

思うところあって酒をやめている。まあ話せば長くなるけれど車谷長吉さんの小説を初めて読んだことも一因だ。
会社員だった車谷さんは学生時代から志していた創作に手を染める。そして創作と会社勤めとの間のバランスを崩し、結局会社を辞めてしまう。やがて無一文になった車谷さんは帰郷し創作を諦めてまず宿屋の下足番となり、次に料理場の下働きとなって勤め先を転々としながら住所不定の九年を過ごす。住所不定というのは勤め先の用意した寮もしくはタコ部屋に起居していたことを指すらしい。その寮ないしタコ部屋のひとつにいたときのことがこう書かれている。
そこへ夜遅く帰って、私は一人で酒を呑むのだった。(「漂流物」)
当時の車谷さんとは異なり、今の僕には家族もあるし住所もあるし大したものではないけれど定職もある。でもこの、夜遅く一人で呑む酒の味はよくわかる気がした。それは呑みたくて呑む酒ではない。でも呑まずにはいられない酒だ。呑むよりも呑まない方がいいとわかっていながら結局は呑むことになる酒だ。夜遅く一人で酒を呑み続ける限り、自分も車谷さんの九年間と同じ場所にいることになるような気がした。そういう言い方がおこがましいなら、車谷さんほど劇的ではなく小市民らしい平坦さから抜け出せない自分の人生の、中でも車谷さんの九年間に一番近い場所に夜遅く一人呑む酒が居続けさせることになる気がした。しかも僕は九年どころかもう二十年あまりそこにいる。潮時はとっくに過ぎている。そろそろ足を洗いたいとこれまでにも何度も思い失敗し続けて来た。
それにしても車谷さんが創作におもむくそののっぴきならなさにはものすごい力が感じられる。諦めても諦めてもまた書くことに向かわずはいられない、というその引きずられ方。それは本物と見なし信じてもいい力のように思われる。
車谷さんの作品をもうしばらく読み続けたいと思う。とりあえず町田康さんの作品と二冊ずつ買って来てある。