指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

ボージョレ・ヌーヴォー解禁。

ボージョレ・ヌーヴォーが解禁になった。毎年何となく気になって解禁日当日ではないものの数日以内に店頭で見かけて買うということを繰り返している。特にワインにこだわりがあるわけではないが(それどころか380円のワインでもうまいうまいと飲んでいる。)、まあ縁起もんだからというような気持ちで買う。でもここ十何年かは特にうまいと思ったことがない。普通のワインとそれほど違わずわざわざボージョレ・ヌーヴォーでなくてもいいんじゃないかという気がする。と言うのも実はすごく以前にすごくおいしいボージョレ・ヌーヴォーを飲んだことがあり、その味が忘れられずに何となく毎年その記憶の味と較べてしまうからだ。
ちょっとした目安があるため年を特定できる。1987年のことだったと思う。当時はまだボージョレ・ヌーヴォーなんてほとんど知られていなかった。単に表記の問題だと思うけど名前もボージョレではなくボジョレーと呼ばれていた。大学のときの友人の行きつけのバーが渋谷にあった。後に友人はそこでバイトをするようになったので、当時から店の人と割と懇意にしていたと思われる。ビールを飲みウィスキーを飲んでいるうち、マスターからこれがあるんだけど、という感じでデカンタに入ったすごくきれいに澄んだルビー色の液体を見せられた。そのとき初めてボジョレーという名前を知った。貴重なので一杯だけという但し書き付きでワイングラスに注いでもらった。それは、とにかくそれまで飲んだワインとはまるで別物の味わいだった。軽くてフレッシュで透明感があり、甘くないグレープジュース、しかも絞りたて、という感じだ。渋みもコクもあまり感じられず、大ぶりのグラスになみなみ注いでもらってもごくごく飲み干せてしまいそうなほどスムースな飲み口だった。
貴重だというふれ込みのせいでそう感じたのかも知れない。できてから日が浅いうちに飲んでしまうというアナウンスがあり、それに沿う形で記憶が後に修正を受けたのかも知れない。でも、僕は今でもあの味がボジョレーの味だと思っていて、その年のボトルを開ける度にあの澄み切ったルビー色の液体が現れないかと無意識に期待してしまう。そしてその期待はこれまでずっと裏切られ続けている。