指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

アイルトン・セナの命日。

1994年のこの日、F1ドライバーアイルトン・セナイモラ・サーキットで大事故を起こし間もなく亡くなった。
その日僕はひどく体調が悪く一日中気分がすぐれなかったが、夜銭湯を出たときに今日はきっとセナの今期初優勝が見られるに違いないと思ったことをよく憶えている。それまでの2戦だか3戦だか最強と言われたウィリアムズ・ルノーのマシンを駆りながらセナは勝つことができずにいた。
帰ってTVのスイッチを入れるとF1の放映時間のはるか前にも関わらずF1でおなじみのアナウンサーや解説者がサーキットから中継を行っているのが映し出された。それからセナの事故のシーンが繰り返し流れた。おそらくヘリコプターからのものと思われる映像では事故直後のセナがコクピットの中でわずかに頭を動かすのが見えた。
それからセナの死が報じられるまでにどのくらいの時間がかかったか憶えていない。とにかくセナは死んでしまった。前日にはローランド・ラッツェンバーガーが同じサーキットで亡くなっていた。それが僕がF1を見始めて初めてのドライバーの死だった。長い間F1ドライバーはサーキットで死んでいなかった。でも死の物語はサーキットに帰って来てしまっていたのだ。
その夏僕はセナがいつもかぶっていたバンコ・ナシオナルの青いキャップを買ってかぶった。死後相次いで出た写真集から自分のものと同じモデルのタグ・ホイヤーの腕時計をしているセナの写真を見つけた。そして同じ年の暮れに大けがをして入院した。でもそれ以上セナに近づく手はもうなかった。