指栞(ゆびしおり)

すまじきものは宮仕え。

子供というもの。

仕事で遅くなることがわかっていたし、子供は僕が遅くなると泊まりの出張だと思うかも知れず、それだと経験上喘息の発作が起こる恐れがあるので、子供が読めるようにひらがなで家人にメールした。午後九時少し前のことだ。

ぱぱはおそくなるけど、かならずかえるから、あんしんして、さきにねてください。

数分後に家人から返信があった。

逆にさびしくなってないてますが

わざわざそんなこと知らせなくてもいいと思いながらとりあえず仕事を終え帰宅した。子供はもう寝ていた。家人も待っててくれたがすぐに寝室に引き取った。風呂から上がると子供がガンプラの補強材の段ボールに書き付けた文字が残っていた。

しすりぱぱ

と、それは読めた。
しすりぱぱ?
「ぱぱ」はたぶんパパである僕への呼びかけだ。でも「しすり」が何だかわからない。明日でいいやと思って自分も寝室に行き、眠りが来るのを待つ間考えるとも無しに考えていたら突然わかった。そしてすごく泣けた。息が詰まりそうなほど泣けた。「しすり」ではなく「はい」と書いてあったことに気づいたからだ。子供は「はいぱぱ」と書いていた。僕のメールに対し、寂しくなって泣きながらもそれでも子供は「はいぱぱ」=「安心して寝ますよ、パパ」と書き残していたのだ。その、自分の涙をおして「はいぱぱ」と言おうとする子供のけなげさにもうどうしようもないくらい泣けた。
誤解を恐れずに言いたいが、子供というのは誰ひとり例外なく心優しい生き物だと思う。みな驚くほど思いやりがあるし人の痛みをとらえることができるし大人がときに恥ずかしくなるほどまっとうだ。そうでない子がいたとしたらそれは全部周囲の大人、特に両親が悪い。家人も僕も決して立派な親とは言えないが、子供に対する愛情だけはたっぷりあると自負している。そしてそれが子供が育つのに必要な基準線をつくり出している。