指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

想像力と制御。

幻影の書

幻影の書

若い頃ニーチェの「悲劇の誕生」を読んでおそらく随分影響を受けた。いきなり余談だけど、その後箱入りの全集を揃えようと思って「反時代的考察」の一巻目を買って読んだのだが、これが何とかしてくれと叫びたくなるような読みにくい訳で、苦労して真意を読み取るとすごく共感できるのに途中で読むのを断念しなければならなかった。その全集には同じ訳者が訳した巻がまだ結構あったからだ。僕は思うのだけど日本語として普通に読めるように訳すのが翻訳者としての最低限の仕事ではないだろうか。後年これだけは読みたいと思って文庫でツァラトゥストラを読んだけどまるで歯が立たなかった。でもこれははっきりと自分の教養と理解力が不足しているのが原因で他の誰のせいにもできない。
閑話休題ディオニュソス的とアポロ的という対立概念は混沌と秩序、という言い方ではちょっと違うんだけどまあだいたいイメージとしてはそれくらいの違い方だと言えそうな気がする。エネルギーとその制御方法と言った方がいいか。ディオニュソス的な圧倒的な生命力をアポロ的な形式が統御して初めて何かが生まれる、とそんな感じだったと思う。
「幻影の書」を読みながら「悲劇の誕生」を思い出したのは、自分の想像力を統御する作者の手並みが見事だったからだ。ストーリーは奇想天外でおそらくこの文体の中に置かれなかったらあちこちにほころびが見えてしまうと思われる。と言うか、ディオニュソス的なものとアポロ的なものが果ての果てのぎりぎりに引き絞られた場所で切り結ぶ光景がこの作品だと言っていい。先走る想像力をどこまでも追尾してページに縛り付ける構成力。そのダイナミズムが物語本来の読む楽しさを高いレベルで維持している。オースターの作品の中でもおそらく一番と言っていいおもしろさだった。ちょっとミルハウザーっぽかったりしたけど。
とにかくおもしろい作品が読みたければおすすめ。