指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

ただおもしろいだけの本。

雨がやんだら (新潮文庫)

雨がやんだら (新潮文庫)

会社に椎名誠さんの年季の入ったファンがいて、僕が「水域」や「武装島田倉庫」がすごくよかったと言うのに親切に耳を傾けてくれる。そしてこの本を貸してくれた。
読んでいると星新一さんのショートショート三崎亜記さんや清水義範さんが書く短編集やときどきは安部公房さんの作品などを思い出した。また読んだことはないのだが筒井康隆さんの作品はこんな感じなのかな、とも想像された。SFと言うよりファンタジーと言った方がいいような短編集だった。「武装島田倉庫」ほどには作品の輪郭がはっきりせず、一編一編がもっとずっと淡い印象の中に浮かんでいて、そういうところもファンタジーという呼び名の方がふさわしく思われた一因だった。この作品から「武装島田倉庫」まで作品が先鋭化されて行った経路を想定すると、それはとても無理の無い道行きのように思われる。
「水域」について暮れに触れたとき、おもしろさしか無くてそれしか無いことがこの作品の優れたところだという意味のことを書いたが、ただおもしろいだけの小説を書くことはもしかしてすごく困難な課題なのかも知れないと思った。おもしろいだけの本は普通たくさんの傷を抱えていてこんなのとても読んでられないよと思わされるが、作者の力量はどんな小さな傷もつけることなく物語を語りおおせている。おもしろいだけなのに傷が無いこと、それがこの本を評価する最大の根拠だ。表題作「雨がやんだら」にはひどく心を動かせられたが、それも作品のおもしろさのバリエーションのひとつに勘定していることを念のため付け加えておきたい。