指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

二冊の鴎外。

山椒大夫・高瀬舟 (新潮文庫)

山椒大夫・高瀬舟 (新潮文庫)

阿部一族・舞姫 (新潮文庫)

阿部一族・舞姫 (新潮文庫)

随分回り道して、結局また鴎外に戻って来て二冊読んだ。すべての作品に触れるのは難しいけど、名高い「山椒大夫」にはひどく感じ入ったし、また「舞姫」はその擬古文調が読みづらかった。鴎外の擬古文調は、当時の言文一致体と比べるとむしろより本質的に言文一致を実現しているという指摘を読んだのは確か柄谷行人さんの本でじゃなかったかと思うけど、文体のリズムがつかまえづらかったし意味も曖昧なところが残った。それから切腹を描いた作品が意外と多いのが引っかかった。テレビドラマなどで描かれる切腹は、不名誉を晴らす一面があるのに対してどうしても悲劇的な側面が強調されがちだし、そういう強調のされ方も仕方の無い気がする。でも鴎外は切腹を悲劇的なものとは少しも考えていない節がある。むしろ武士道精神の健康な発揮として晴れがましくも神聖なものと取られているようだ。西欧近代の倫理に日本の固有な倫理を対置して後者を称揚したいモチーフが鴎外にあったと言うと、ちょっとお誂え向きすぎるだろうか。一方で「高瀬舟」のように近代的な倫理としか受け取れない作品も書いている訳だけど。
それから近代知識人の苦悩というテーマに当てはめると、知識人としての自覚と日本の当時の現状との間で、自己が引き裂かれる様が作品にも表れているが、漱石に比べると鴎外の方が少しだけ、自己を許してしまっている気がした。漱石の方が少しだけ自己に厳しく、知識人の自意識をある面でよりうまく解体している。鴎外より漱石の方が好きだとはっきり言える由縁だ。