指栞(ゆびしおり)

すまじきものは宮仕え。

現代のイヴァン・カラマーゾフ。

決壊 上巻 決壊 下巻
少し前の本なので買おうか文庫になるのを待とうか迷っていたら、家人が図書館で見つけて借りて来てくれた。
物語の複雑さと精巧さとが魅力だ。描写も細かい。たとえば、相手から何かを言われてそれについて返事をするときに、その返事が微妙に相手の不興を買いそうに思われて、はぐらかしたり目をそらしたりすることは誰にでもあると思うけど、もしかしたら相手の言葉に返事をすることは多かれ少なかれ必ず相手の不興を買うニュアンスを含み込んでしまうんじゃないかと思われるほど、細かく行き届いた文体でそういうシーンが繰り返される。今まではっきり気づいてなかったけど言われてみると本当にその通りだ、という平野さんの作品を読むときのいつもの感じがこの作品にも随所に見られ、そのいちいちに感心した。
それからこれは現代のイヴァン・カラマーゾフの話だなと何度か思った。作中の「悪魔」の思想を主人公(おそらく)は完全には退けることができなかった。あるいはもう少し積極的にそれに与していた。弟はおそらくそれに反発しつつ、「悪魔」の中に兄である主人公の姿を重ね合わせてしまったためそれに屈することができなかった。でもそれがもしかしたら助かったかも知れない命を失う結果を招いた。主人公の本当の罪悪感は弟を止めなかったことにあるのではなく、「悪魔」と自分は実は表裏一体なのだと見なしていることから来ている。残虐なシーンを作者があえて描いたのも、そのことを主人公に知らせる重要な会話を置くとしたらそこしか無かったからだし(それがわかったときに主人公は画像の再生をやめさせている。)、それが弟を殺したのは自分だという主人公の罪悪感に直結している。また弟が命乞いをしなかった理由もこう考えると納得の行く気がする。哲学的な議論、悪魔的な思想、身内殺しに観念的に荷担していること、これらがイヴァンを思い起こさせる理由のように思われた。