指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

10月に読んだ本の残り。

花物語 (ポプラ文庫) 日本語は天才である (新潮文庫)
橋本治さんの新しい文庫は、挿絵がさべあのまさんでほとんど絵本と言ってもいいような構成になっている。後書き替わりのおふたりの対談を見ると、橋本さんは教科書に出てくるようなお話が書きたかったそうだ。

抵抗力のない、弱そうな作品だからこそ、伝えられるものがあると思って。

そうした短編のいくつかは思春期の中の「気づき」をテーマに書かれている。気づくということは従来の自分をどういう形でか否定しなければ成り立たない、そういう意味では自己否定だと個人的には考えているので、ごく若い人たちが自己を否定して未知の世界観を獲得する姿にある痛みの感じと、尽きない共感を覚えながら読んだ。特に良かったのは「夏休み」という一編で、自分について気づくことがそのまま世界について気づくことにつながる体験が描かれている。いやもちろん「気づき」とは自分について気づくことが世界について気づくことにつながっているものだし、あるいは逆に世界について気づくことが自分について気づくことにつながっているものだ。でもそれだけでなく「夏休み」には、自分への気づきが世界への気づきにつながった上で他者の隠された気持ちにまで手が届くような優れた察知力が、まったく無理のない自然な形で含み込まれている。これが本当の思いやりが持つぬくもりを感じさせ、胸に迫った。
それと橋本さんはここである種のフォーマットを採用してすべての短編を書いているが、その中にもやはり橋本さん独特の、壊れそうで壊れない文体のバランスが感じられた。それがとても好きだ。
「日本語は天才である」は、柳瀬さんが翻訳するに当たってどれほど日本語の豊かさに助けられているか、ということがテーマのエッセイ集。でもどれほど日本語が豊かでも、それを探し当てて行(ぎょう)にはめ込む手つきは柳瀬さんオリジナルのものだ。熟練の翻訳家だけに見出すことのできる、日本語の天才ぶりは読んでいて楽しい。
今は、あの人の長い自伝を読んでいる。