指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

そらすこんともう一冊。

そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります (講談社文庫) 世界クッキー
「そらすこん」は作者自身による略し方なので公式と言っていいと思う、っつかまあそんなことは別にどうでもいいんだけど。読みながら「そらすこん」は「わたくし率 イン 歯ー、 または世界」に、「世界クッキー」は「乳と卵」に対応している気がした。対応してるってのもよくわかんないけど、川上さんの文体が時系列でよりパブリックな方へ向かっていると、ちょっと安易だけどそういう風に考えてしまいたくなるほど、「そらすこん」と「わたくし率」がプライベートと言うかより内的な文体で書かれ、「世界クッキー」と「乳と卵」はそれよりも外向きの文体で書かれているように見える、というようなことが言いたい訳だ。そして「ヘヴン」の文体はさらにパブリックに開いている。でもそうした言い方にもしも幾分かの正しさが含まれているとしても、それがどうしてそうなのかということはよくわからない。もしかすると詩と物語はどこかの時点で分岐する性質を、もともと持っているのかも知れない。いや、それは詩をより私的なもの、物語をより公的なものと見なすステレオタイプな区分けを個人的に持っているためにそう見えるだけのことかも知れない。現に川上さんもこの前読んだガルシア=マルケスも詩と物語の両方をこなすし、そうした作者は言うまでもなくたくさんいる。
これでは何も言ったことにならない。町田康さんの文体をときどき思わせるけど、そこには関西弁という共通項以上のつながりがあるように思われた。