指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

60年代の夢。

うちの会社に学生運動をしていた人がいる。五十代後半の控えめな人で滅多に自分のことを話したりしないけど、昨夜はたまたま彼ともうひとりと僕とで飲みに行くことになり、いろいろ話を聞いた。
ピンチョンの「ヴァインランド」を読んだとき、60年代の夢についてそれがどんなにすばらしいものだったか、どれほど多くの人たちがそれを信じたかということについて、本当に遅ればせながら気づかされた。でも僕たちにはもうそういう夢を見ることは許されていない。少し投げやりに言えば、社会が良い方向に劇的に変わることなんてあり得ないし、革命なんて起きる訳がない、そういう風に思っている。バブル期みたいなものはもしかするとこれからもあり得るかも知れないけど、それは社会が良くなることとは本質的に別の次元の話だ。
彼は一連の運動とそれから抜け出すまでをかいつまんで聞かせてくれた。すごく純粋にひたむきに社会の変革を信じていたことがうかがわれた。それから最後の方で彼は言った。ひとりひとりがみんな変われば、社会は変わるんですよ。かつて信じてただけじゃなく、この人は今でも信じてるんだ、と思った。
でもみんなが同じ方向を目指して変わるということはおそらくあり得ないし、あり得たとしたら個人的にはそういう動きに対しておそらく肯定的にはなれない気がする。その動きの向こうにあるものが、60年代の夢の実現とは限らないからだ。「嘘だと言ってくれないか」と鼠は言った。