指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

帰省中。

昨日から僕の実家に帰省している。昨日は雨でどこにも行かずに子供は両親に遊んでもらい家人と僕はごろごろ過ごした。今日は天気予報がはずれて晴れていたので、昼に近くのイタリアンレストランに行って家人とふたりで食事をした。子供はざるそばが好きで最近近くにそばのおいしい店を見つけた父親が昼食に連れて行ってくれた。
そのイタリアンレストランは何年か前に一度廃業した。理由とかそういうのは本当にたまにしか行かないのでよくわからない。あるとき家人とふたりで行ったら閉まっていて大変がっかりした、そういう記憶があるだけだ。
それから数ヶ月してまるで別の人がその場所でまたイタリアンの店を始めたらしい。前の店もおいしかったけど今の店もとてもおいしい。帰省する度に食べに行っている。生ビールを頼むとキリンのブラウマイスターが出てくる。「キリンシティー」を別にすればブラウマイスターを飲むことができる店なんて他に知らない。ランチにオプションをつけてビールの他にグラスワインも一杯ずつ飲んで、両親と子供のためにデザートをテイクアウトにしてもらった。
でもありがたみがなくなったよね、と家人とふたりで話す。今の店になる前は子供が本当に小さくて、何かあったらケータイに電話してくれるように両親に頼んでから年に一度か二度あるかないかのふたりだけの食事に出かけて行った。子供がまだ幼稚園に上がる前の話だ。それは本当に貴重な時間だった。長い間水中にいるクジラみたいな動物が、呼吸のために束の間水面まで上がって来るような、そういう時間だ。
でも今家人と僕はそこまで追いつめられてはいない。僕が休みをとれば子供が学校へ行っている午後三時頃までならゆっくりふたりだけで過ごすことができる。うまく調整すれば映画とか美術展とかにも行けるかも知れない。だから両親に子供を見てもらえる時間に限りふたりだけでランチ、という切実さは失われたんだと言っていいし、実際ふたりの間でもその思いは共有されている。
でもおそらく帰省する度に、僕らはそこに食事に行くだろう。店が替わり、情況が子供の成長と共に変わっても、そこに行くだろう。おいしいとかおいしくないとか、居心地がいいとかそうでないとか、そういうのを全部抜きにしてもとりあえず、僕らはとても明るい気持ちでその店に行き食事をするに違いない。