指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

初めて読む人のためのウンベルト・エーコ。

バウドリーノ(上)バウドリーノ(下)
こんなことを書いたところでじじいの妙に屈折した思い出話にしか聞こえないと思うけど、記号論学者の書いた「バラの名前」という作品がすごいらしいという情報が耳に入ってからその翻訳を手にするまでにはものすごく長い時間がかかった。何年も何年も待った。その間に、「バラの名前」関連の評論が続々と翻訳された。でももちろん本編の翻訳を読む前にそれらを読む訳には行かない。ショーン・コネリーがバスカヴィルのウィリアムを演じた映画も封切られた。でももちろんそれを見る訳には行かない。調べてみると、エーコが原作を出したのが1980年、映画「薔薇の名前」が1986年、翻訳「薔薇の名前」の刊行が1990年。これ以上に待たされた翻訳は、ガルシア=マルケスの「コレラの時代の愛」とあともう一冊くらいだけど、そのもう一冊は読むのにすごく骨が折れるので読み通してない。だからタイトルは書かない。興味のおありの方は当ててみて下さい。訳者は柳瀬尚紀さんです。
その後「フーコーの振り子」、「前日島」が出たけど、どれも難解な印象だった。自分がものすごく頭が悪い気がした。いや、事実その通りなんだけど。
本当に久々に手にした「バウドリーノ」も、翻訳の出版までに十年を要している。翻訳前から話題になっていれば、相当やきもきしていたに違いない。でも実際は、翻訳を書店で目にして背筋を寒くさせながら上下巻を一遍に買うまでこの作品が書かれていたことを知らなかった。
ウンベルト・エーコ、読みたいけど難しそうだな、と思っているなら、この作品から始めるといいと思う。キリスト教の教義の細かい差異も、わかりやすく書かれている。ただ、新しい登場人物が出て来たら、彼ないし彼女の名前とどんな教義を信奉しているかは意識して憶えておくといい気がする。
すごく美しい女性が出て来る。美しくて、なまめかしい。彼女からは麝香の匂いがする。それでも彼女を愛し続けるバウドリーノに、あらゆる理屈を抜きにして共感した。