指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

立て直しの物語。

バビロンに帰る―ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック〈2〉 スコット・フィッツジェラルド村上春樹訳「バビロンに帰るザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック 2」
結局村上さんの訳されたフィッツジェラルドを、新しい方から古いものへと向かって読んでいることになると思う。残りは「マイ・ロスト・シティー」と「ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック」で、ここは順番を変えて前者から読もうかと思っている。もっとも後者も少しずつ読み進めてはいるが。
収録作はどれもよかったけど中でも「バビロンに帰る」は本当に胸が震えた。これまで読んで来た作品ではたいていどの主人公もとどめようのない力で崩壊に向かって行くが、そしてそれは確かにとても美しい過程ではあるのだが、この作品では踏みとどまり立て直すことが試みられている。かつて放埒の限りを尽くしたバビロン=パリに戻った主人公はまともな職業に就き作者自身にも宿痾であった酒を断っている。彼はもう昔の彼ではない。それを証明したい相手は彼を信用しないし、昔の仲間は彼を誘惑する。でも彼は辛抱強く現在の姿勢を保ち続けようとする。100パーセント混じりけの無い、まっさらな愛があるからだ。ひたむきに彼を慕い続ける無垢な魂があるからだ。それがたとえば同じ本に収録されている「新緑」との決定的な違いだ。恋人より深い愛を示しうるものの可能性が、そこでは描かれている。そしてその可能性を作者自身が裏切ってしまったことを考え合わせると、余韻は果てしなく深まるように思われた。
マイ・ロスト・シティー」に収録された村上さんの「フィッツジェラルド体験」には村上さんとフィッツジェラルドの作品の、一風変わったなれそめが語られている。フィッツジェラルドは決して取っつきやすい作家ではないかも知れない。でもこの「バビロンに帰る」で、何かをこじ開けた確かな手応えを個人的には感じ取ることができた。