指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

憂い顔のタカハシさん。

さよなら、ニッポン 高橋源一郎著 「さよなら、ニッポン ニッポンの小説2」
前半で割と大きく取り上げられた小島信夫さんの「残光」、綿矢りささんの「夢を与える」と先行する作品、川上弘美さんの「真鶴」は読んでいた。また中原昌也さんのものも。でも読んていたからと言ってこの本が読みやすくなるということにはならなかったし、読んでいなかったとしてもこの本を読むのに特に不都合ということも無いだろう。もしかしたら冒頭で取り上げられた「残光」がずっと最後まで論じられていたのかも知れないし、「残光」について論じることが他の作品について論じるのと同じなのかも知れない。大文字での結論は無いから、そこはわからない気がする。
気になったのは前回での論旨については憶えていないという趣旨のことを一回分の連載の冒頭で、高橋さんがしばしば繰り返されていることだった。それはすごく書きにくそうに書かれているような印象をつくった。もちろんそこから先はある種興に乗ってその回の結論めいたものがうまくまとめられることもある。でもうがった見方をすると、全体を貫くもっと大きな結論に近づくことが難し過ぎるので、とりあえず目の前にある小さな結論に飛びついているのではないかという風にも思われた。
そこには様々な方向を指し示した矢印がある。どの矢印もタカハシさん自身が設定したものだ。それらの向かう先は一見ばらばらだけどある特殊な場をつくることができればそれらはすっと、ひとつの方向にまとまるのかも知れない。その場の存在と、あるひとつの方向がタカハシさんにはぼんやりわかっている。気配のようなものとして。でもそれを言葉にするのはとても難しい。そんな事態がこの本の中に封じ込められているような気がした。おそらくそのためにここでのタカハシさんは憂い顔だ。いつでも上機嫌なタカハシさんのイメージからすると、ちょっと痛々しくも思われて来る。でも「ニッポンの小説 百年の孤独」も確か同じような印象だった憶えがある。