指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

それを、言いたかったんだ。

ファイアズ(炎) (村上春樹翻訳ライブラリー) 水と水とが出会うところ (村上春樹翻訳ライブラリー) レイモンド・カーヴァー村上春樹訳 「ファイアズ(炎)」 「水と水とが出会うところ」
前者は随筆と詩と短編小説を収めたもの、後者は詩集。カーヴァーの詩は短編小説ほど硬質な文体で書かれてはいない。散文詩のように思われ叙情性があり読みやすいと言えば読みやすい。作者はあらゆる意味での弱さに通じているように思われる。弱さ、哀しみ、不幸、不安、恐怖。そういうものから抜け出すために、抜け出せなくてもなんとかそれを耐えやすいものにするために詩が書かれているような気がする。作者は斜に構えることなく誠実に幸福の方へ向かっている。過去には少しの幸せな思い出がある。現在は悲惨で未来はわからない。それはまるで今の自分みたいだ。あるいはあらゆる人の置かれた状況みたいだ。
でも「テスに」という題の「水と水とが出会うところ」の最後に置かれた詩はとても感動的だ。テスは二度目(じゃなければ最後)の奥さんのテス・ギャラガーを指してると思うんだけど、その詩は「それを、言いたかったんだ。」と締めくくられている。何が言いたかったのかはここには書かないけど本当に心を震わせられた。
あとがきを読むと「ファイアズ」に収められた随筆のうちふたつはこういうものを書いて欲しいと依頼されて書かれたらしいけど、もう本当に虚心坦懐と言うか、依頼に対して素直で正直な内容になっている。作者の人柄はここにもしのばれる気がする。
でも個人的にいちばん楽しめたのは短編小説だった。別バージョンのある作品もあるらしいので徐々に読んで行きたい。