指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

メアリアン・カーヴァーとは誰か?

私たちがレイモンド・カーヴァーについて語ること (村上春樹翻訳ライブラリー) サム・ハルパート編 村上春樹訳 「私たちがレイモンド・カーヴァーについて語ること」
レイモンド・カーヴァーについてのインタビュー集。いろいろな見方があると思うけど個人的にはカーヴァーの前の奥さんのメアリアンがカーヴァーにどんな影響をもたらしたのかということに関心が行く。そしてメアリアンとレイモンドとの生活がどの程度カーヴァーの作品に反映されているのかということについて。でもどうしてそんなことが気になるんだろう?フィクションのモデルみたいなものをどこかに求めても無意味なことはよくわかってるはずなのに。メアリアン・カーヴァーが誰かというのは本当は間違った問いだ。間違った問いなんだけど、でも魅力的な問いだ。そしてこの本にはメアリアン自身の肉声も収録されている。普通の読者にとっては彼女の声はここで初めて耳にすることができる。でもメアリアンと同様にこの本のインタビュイーであるトバイアス・ウルフは言っている。

―カーヴァーが書いたものの多くは実体験に根ざしたもののように思えます。たとえば『ビタミン』なんかの場合・・・・・・
どうしてそれが実際に起こったことだとあなたにわかるのだろう?

このやりとりを含んだ346ページから始まるトバイアス・ウルフへのインタビューは感動的だ。カーヴァーの作品がカーヴァーの生活に根ざしているように解釈されがちなことに対して、ウルフはフィクションの原則をぶれることなく繰り返す。
メアリアンとレイモンドが本当に深く愛し合っていたことは確かだと思う。メアリアンは辛抱強くカーヴァーを支えた。レイモンドもそれに報いようとはした。いつも成功するとは言えなかったにしても。そして何かが起こりふたりはあるとき自分たちが取り返しのつかないほど変質したことに気づく。少なくともここでインタビュイーとして現れるメアリアンは明らかにある変質を受けた後の姿であるように思われる。彼女の変質を準備したのは「悪しきレイモンド」かも知れない。でも個人的には彼女の愛の強さに打たれる気がする。彼女はこれだけの変質を経験するほど彼を愛していたのだ。そしてそれはカーヴァーの作品とはなんの関係も無いことだ。メアリアン自身がそのことを深く知り抜いている。