指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

不思議と、すごくおもしろかった。

小澤征爾さんと、音楽について話をする 小澤征爾 村上春樹小澤征爾さんと、音楽について話をする」
クラシック音楽を日常的に聴くとか聴くのが趣味だとかいう人がどれだけいるのか想像もつかない。自分はそういう人間ではない。小澤征爾さんの名前は知っているけどどれほどすごい人かということも全然知らない。たぶん小澤さんの指揮した音楽を耳にしたことも一度も無いと思う。そういう風に考えるとなんだか自分があまり趣味のいい暮らしをしていないみたいにも思えて来る。クラシックくらいひと通り聴いておくべきだったんじゃないかという気がする。なんて言うか、教養として。
だから正直この本も買おうかどうしようか結構迷った。これまでにも音楽関係の村上さんの著書や翻訳はいくつか読んでいたけど「意味がなければスイングはない」を除くとあまり強く印象に残ったものが無かった気がしたからだ。それは村上さんが書かれる対象のもともとの音楽を自分が知らないことに大きく拠っているように思われた。だとするとこのインタビューも全然ぴんと来ないで終わる可能性は高かった。
でも読んでみると大変興味深く、面白く読むことができた。ひとつには村上さんの質問と言うか、小澤さんへの切り込み方が論理的で的確なせいだと思われる。また、それに対する小澤さんの回答もできる限り実感にそぐうよう丁寧に練られた、ごまかしの無い言葉でできていることもとても重要だ。そのため今話されている話題が具体的にどんな事態を指すかが、大変明瞭にイメージできた。それはテーマになっている曲を知っているかどうかとある程度切り離して言えることだった。もちろん知っていればそれに超したことはないだろうけど、知らなくてもある程度のところまでは近づいて行くことができる。特にマーラーの位置づけなどについては、この本を読むことが無ければ一生どんな知識も持たなかったに違いないが、今はマーラーの音楽とはこんなもの、というちょっとしたイメージすら手にしている。クラシックを聴かない方にこそお勧めしたいです。
個人的には村上さんの文章作法や、耳が良くなければ優れた文章が書けないという意見を知れたこともとても有意義に思われた。