指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

違和とシンクロ。

きことわ 朝吹真理子著 「きことわ」
すごく難解なんじゃないかというイメージを勝手に持っていたけど全然そんなことはなくて思ったよりずっとすっきりと読みやすかったしおもしろかった。二十五年前を断続的に一緒に過ごした七歳違いのふたりの女性のお話だ。
まず言葉の異化のしかたが目に付く。たとえばこんな。

(前略)すれ違う女子高校生が同じように携帯で話すその声に耳をとられる。(後略)

足をとられるとか、目を奪われるとかは言うかも知れないけど、耳をとられるとはあまり言わない気がする。でも言いたいことはとてもよく伝わって来る。こんな風なさりげない言葉の異化がいい。
それと記憶というもののあり方がとてもよくつかまえられ再現されている。違和とシンクロの配合がいい。同じ場面にいたはずなのにふたりの間で少しずつ記憶が異なっていたり、あるいは片方がまるで覚えていなかったり、というのが違和。ちょっと超常現象と言うか、ドッペルゲンガーっぽかったり、ある体験を別の体験が予告しているように思えるのがシンクロ。シンクロの場合は記憶が現在や未来にしみ出している事態と見なせるかも知れないけど、重要なのはそういうシンクロが起こりうるか起こりえないかということより、そういう風にシンクロしてしまう心の状態はあり得るんじゃないだろうかと思わせてくれることだ。二十五年を一瞬にして飛び越えてしまえるふたりの女性ならではという気がする。
確信はないけど保坂和志さんの作品にちょっと似てるかもと思った。