指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

二度目のデート。

女の子と初めてデートしたのは浪人の頃だったんじゃないかと思う。上京してひとり暮らしをしながら予備校に通っていて夏休みだったか帰省したときに家の近くの喫茶店に入ったら中学のときの同級生の女の子がアルバイトをしていた。もともとその子とは仲がいいと言うか中学の時によく話していたし店はたいてい空いていたのでたまに行っては言葉を交わすようになった。誰だったかは忘れたけど店のオーナーも知ってる人で他にお客さんがいなければ彼女と僕が話すことを大目に見てくれた。何を話していたのか全然憶えていない。ただ彼女は日本人ではなかった。生まれて以来ずっと日本に住んでいたし日本語も流ちょうだったけど名前は日本人のものではなかった。なんだか「中国行きのスロウ・ボート」みたいな話だ。ある日映画に誘ったら一緒に行ってくれると言う。すごく緊張したに違いないんだけどそれも憶えていない。それで観に行った映画なんだけど原田知世さんの「時をかける少女」だったんじゃないかと思う。お茶を飲んだり食事をしたりの記憶もない。まだ明るい内に彼女の家のそばまで送って行って別れた後、思い直して彼女を追いかけてまた誘っていいか尋ねた。彼女はいいと言ってくれた。
彼女のバイト先に行ったのか電話をしたのか、とにかく連絡を取って二度目のデートの日時を打ち合わせた。また映画で薬師丸ひろ子さんの「探偵物語」だったような気がする。午後から逢う予定だった。その日の午前中に何度かここでも触れている親友のSSと会うことになっていた。喫茶店に腰を下ろすと彼は実は家の鍵を持たないままオートロックのドアを閉めてしまい、お母さんの帰宅する夕方まで家に入れないという話をした。じゃあ一緒に映画を観に行こうと僕は言った。三人とも同じ中学校だったので彼と彼女も面識があった。SSは固辞したがでも夕方までひとりで置いておく訳にも行かず結局一緒に行くことになった。三人はなごやかに会話し映画を観て帰った。記憶はそこまでだ。彼女をもう一度誘って断られたのか、気が引けてそれ以上誘えなかったのかも憶えていない。もしかしたら彼女を傷つけてしまったのかも知れない。だとしたら本当に「中国行きのスロウ・ボート」のような話だ。僕はたぶん彼女のことが好きだったんじゃないかと思う。そのときばかりでなく中学生の頃から。でもあの二度目のデートの日、僕は親友をほっとくことがどうしてもできなかった。

追記 上記二本の映画だけどウィキで調べたら1983年公開ということで、やはり浪人中の夏だったことがわかったけど併映されていたそうだ。つまり一度のデートで両方観たことになる。ではもう一度のデートで何を観たのかは憶えていない。