指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

Tさんのこと。

バイト先で働いてるのは相当年配の女性ばかりなんだけどひとりだけ男性がいてTさんといった。僕より十か十五くらいは上に見えるので六十代の半ばあたりだろう。もしかしたらもっと上かも知れない。小柄ながら筋肉質で頭がきれいにはげ上がっていて目つきが鋭く、口数は極端に少なくて一見非常に取っつきづらい。でもたまに口を開くと言うのは皮肉か冗談ばかりで割に気さくなところがあり、施設の中で見かける度に挨拶すると、ああ、とか、おお、とかいう簡単な言葉が返って来る。仕事ぶりは文句のつけようが無いし電気機器に詳しくて何かあると親切に直してくれる。今の仕事は掃除機が商売道具でドイツ語で何か書いてあるのでドイツ製なんだと思うんだけど何しろよく壊れる。特にコードがヤワで樹脂製のコーティングの中ですぐに断線する。すると詰め所の外にTさん宛の手紙と共に置いておく。翌日には直っている。
朝は7時前に来てお昼は用意して来たお弁当を食べて午後3時まで働く。滅多に休むことはなく鉄人という言葉がふさわしい。朝の清掃が終わると昼の休憩以外はほとんどごみ集めをしている。施設のあちこちに設置されたごみ箱からごみを回収して然るべきごみ捨て場まで台車に乗せて運ぶ。僕も何日かやってみたけど腰に来る上心が折れそうになるきつい仕事だ。前にも書いたように分別がいい加減なので改めて分別し直さなければならないのもものすごい手間だ。でもTさんは黙々と台車を押し続けてすごい人がいるもんだなと密かに舌を巻いていた。
ただこの人に対する感情の種類が自分でも見定めがたかった。掃除機を直してくれる以外に取り立てて何かしてくれる訳でもない。畏敬の念みたいなものはもちろんあるんだろうけど、それとは別の親しみみたいなものも感じていてそれが自分でも不思議だった。文学に興味があるらしく施設の中で本が捨てられているとよく拾って来る。村上春樹さんのロングインタビューが載った何年か前の「考える人」を拾って来たときには昼休みの間貸してもらって読んだ。あげるよと言われたけどうちに一冊あるのでと断った。でもTさんへの感情は文学ともほぼ無関係に思われる。文学を介しての共感とか連帯感とかいったものはまるで無かった。だいたい本の話なんて一度もしたことが無い。
その鉄人が最近急に仕事を休みがちになった。季節的に仕事が楽になる時期だったので休んでも周囲にあまり迷惑をかけず、だから夏休み代わりに休んでいるんだと誰もが考えていた。それが突然今日Tさんからバイトを辞める旨の電話がかかって来たそうだ。慰留がなされたけど意志は翻らなかった。ロッカーの中にあるものは僕を名指しして処分して欲しいという希望だったそうだ。それを聞いたときにもなんだか不思議な気がした。お役目を仰せつかって光栄なのか妙なことを頼まれて迷惑なのかもわからなかった。そもそも何かを頼まれるほど親しかったかどうかもよくわからない。するとひとつ思い出したことがあった。
先週のある朝の清掃の時間に今まで一度も無かったことだけどTさんがふらっと僕の現場の近くにやって来て、廊下に設置された掲示板の掲示物をこちらに背を向けて眺め始めた。所在なさ気に後ろ手をして立っている。何しに来たんだろうとほんの少し気にかけながらまだ朝の挨拶をしていなかったのでおはようございますと声をかけると振り返ったTさんは心底疲れ切ったように、俺はもう飽きたよ、と言った。前述の通りTさんが口にすることと言えば皮肉か冗談に決まってたのでいつものように笑って応じたんだけどあれはTさんなりのお別れの言葉だったんだ、わざわざお別れを言いに来てくれたんだと思い当たった。あるいは悪いけど俺は先に下りるよという申し訳ない気持ちも含まれていたかも知れない。そう考えたらなんだか無性に悲しくなって仕事をしながら泣けて仕方なかった。
上の人は今日でなくてもいいよと言ってくれたけどどうしても今日のうちに片付けておきたくてTさんのロッカーの扉を開けた。作業着の他には折りたたみの傘が何本かとスニーカーとおそらくごみの中から拾ったものらしい箱やら額やらと一緒に「ビートルズ全詩集」というカビの生えた分厚いハードカバーが一冊とTさんが吸っていたECHOの、まだ封を切っていない箱が四つ出て来た。作業着は会社からの貸与品なので再利用するために洗濯に回しその他は内容も確かめず全部不燃ごみにして捨てた。そしてちょっと迷ってからECHOをひと箱だけTさんの思い出にもらった。