指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

新しいところ、新しいこと。

そういうことは家人と僕にとってとても珍しいんだけど行ったことのないところへ行って来た。西武新宿線の上井草。以前会社の上司が鷺宮に住んでいて随分夕飯をご馳走になったりしたので西武新宿線に乗るのはさすがに初めてではなかったけど、東京に住んで18年目になる家人は初めてだそうだ。確かに今の生活の中に西武新宿線との接点というのはまるで無い。上井草はアニメとラグビーの街ということで詳しくは知らないけどアニメの制作会社があってラグビーがさかんなんだろう。今回の目的はいわさきちひろ美術館。村上春樹さんの著書に収録された表紙絵や挿し絵の原画展があり、その最終日になってやっと重い腰を上げて出かけた訳だ。原画が見られるということを除けば、その概要は「村上春樹イラストレーター」というとてもすてきな装幀の本で知ることができる。印刷されることを前提に描かれた絵を原画で見ることの意味が今ひとつ腑に落ちない気もしないでもないけど、これを逃したら一生見られないかも知れないという意味ではファンにとっては得がたいチャンスかも知れない。
それでどうだったかと言うと、とても親密な何かを作者たちと共有できた気がした。それは絵を楽しむと言うより、より身近に作者たちを感じる体験という側面の方が強いように思われた。ありきたりな言い方だけどそこには作者たちの息づかいと言うか、作品に否応なく表れてしまう生理的ななまなましさが感じ取れた。そしてそういったものを感じることは、やはり貴重な体験だった。また、この企画の実現には村上さん自身が多くの労を執られているように思われた。そこにはイラストを描かれた方々に対する村上さんの感謝の思いとか愛着とかオマージュとかそういったものを感じ取ることができた。
美術館もこぢんまりしたとてもいい感じの建物でもとはいわさきちひろの家だったいうことでアトリエがおそらく当時のままなのだろう、残されている。いわさきちひろの作品もたくさん展示されていて、そのうちの一枚がひどく心に残った。海辺で遊ぶふたりの子供を描いた作品だ。
カフェでは「風の歌を聴け」の中で鼠が食べる、ホットケーキにコカ・コーラをかけたものが供されているということだったが、それは作品の中の物であって実在すべき物ではないだろうという妙なこだわりもあってパスした。ミュージアムショップでは先ほど心に残ったいわさきちひろの作品の絵はがきと佐々木マキさんが描いた羊男の絵はがき、それに前述の「村上春樹イラストレーター」を買った。家人が大橋歩さんの猫の絵柄がついたお皿を気に入ったとのことで、それも一枚買った。全部で一時間もいなかったんじゃないかと思うけどすごく新鮮な感じが残った。
この前免許の更新を知らせる葉書が来たとき最近視力が落ちてる気がするし検眼を通らなかったら困るなとすぐに思った。日曜日なので夕飯は外食することに決めて駅前ではなくちょっと離れた商業施設まで歩いた。そこに眼鏡の量販店があったのでのぞいてみた。そういうのは自意識過剰なのかも知れないけど僕は眼鏡が似合わなくて試しにかけて見せると家人が必ず笑う。でもふだんはかけなくても何とか生活できるし車の運転など二十年近くしてなくてこれからもしそうにないし、日常的にかけるのでなければ似合うも似合わないもない、とりあえず免許更新さえ乗り切ればいいんじゃないのということで適当に選んで買ってしまうことにした。検眼してもらうと両目でも0.5しか見えていないことがわかった。免許の検眼を通るには0.7が必要ということでやはりこのままでは更新は難しかったようだ。一応何本も試してみて家人にも似合うと言われたのを買い、できあがったのを十分くらいかけてみたんだけど距離感がうまくつかめず本屋の平台に並んだ本を足ではたき落としそうになったのでケースにしまって帰った。新しいところへ行ったり、新しいことをしたりした日。今日8月7日は家人と僕の17回目の結婚記念日だった。