たくさんの親御さんと接するけど本当に心ある人だと思えるのはほんのわずかだ。半年くらい前だったか塾に入って来た小学生の母親はシングルマザーだった。もっともうちの近くはシングルマザーというのが割に多いらしくてこの人も含めてわかってるだけで塾に来ている生徒さんの母親のうち五人がシングルマザーだ。結構な割合だと思う。その人が夏休み前に電話をかけて来て中三の上の子の成績が落ちて来たので塾に入れたいのだが、正直ふたり分の授業料は払えないと言う。シングルマザーというのがどれくらい大変なのかはわからないけどまあ大変は大変なんだろうと思ったので、ひとり分の授業料だけでふたり来てもらって構わない、受験生は夏期講習が必須だけどその費用数万円も免除にする旨伝えた。こうして中三の子も塾に入った。成績が落ちたとは言え志望校は偏差値が65近い都立高でそれなりにできる生徒さんだったし、親身になって一生懸命教えた。
それが昨夜突然ラインが来て来月ふたりとも塾を休ませたいと言う。下の子はいいけど上の子は一ヶ月も塾を休んだら受験対策が相当遅れてしまう。どういうつもりか尋ねると、母子家庭向けの無料の学習指導があってそちらへ行きたいのだが、合うか合わないかわからないのでとりあえず一ヶ月だけ通わせてみて駄目ならうちに戻すし、よければそちらへ移るという、要するにうちは保険でとっておくけど本当は向こうへ行きたいみたいな、考えようによっては相当失礼なことを平気で言ってのける。この人は頭がおかしいんじゃないかと思ったけどそうした処置を特に失礼とも思っていないようだった。夏期講習代は免除だし授業料はふたりでひとり分だしそれだけの義理があればたとえ相手が無料だろうが申し訳なくて移れないというのが僕の考える筋というものだけどまあお前の主観に過ぎないと言えばその通りだ。シングルマザーにとって塾の授業料がどれほど負担になってるか考えてもみろ。でもこちらとしては腹に据えかねる思いだった。あんなに親身になっていたのが本当に馬鹿らしく思えた。
そこでそれでは塾を休むのではなく辞めて下さいとラインを返した。塾を始めて以来辞めてくれと言ったのは初めてだった。いろいろよくしていただいたのに申し訳ありませんという返信を確認した直後にログを削除し、人はブロックした。何度こういう思いをさせられるのだろう。漱石の言う通りだ。傷つくのはいつでも、より多く気づく側なのだ。それでもひとりひとりの生徒さんを信じて一生懸命指導して行くしかない。