指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

語り手は乗り組んでいない。

白鯨 (下) (新潮文庫 (メ-2-2))

白鯨 (下) (新潮文庫 (メ-2-2))

表紙が違うんだけど同じ版だと思うのでこれでよしとします。
エイハブ船長率いるピークォド号に語り手も乗り組んでるはずなんだけどそれは嘘だと思う。第一に語り手がその船で働いている描写がほとんどない。それから語り手が目や耳にできるはずのないシーンや発言を描写していることも語り手が実際に乗組員であったという印象を決定的に薄めている。最後のオチにしてもとってつけたみたいだ。また物語の展開の部分では一部舞台か何かを手本にしたような文体も用いられているし心理小説の一面もある。それから上巻に関する感想の中でも述べたけど鯨や捕鯨に関する説明や考察の部分がやたらに長い。つまり戯曲と心理描写、それに時としてかなり深い考察を一つに合わせて小説にしましたという趣になる。小説の中には何でも詰め込むことができるという点で言えばもしかしたら画期的な作品だったのかも知れない。その代わりに、せっかく丁寧な手続きで語り手を乗組員にしたはずなのに、結局語り手は神の視点に立ってしまっている気がする。とにかく疲れる読書だった。機会があれば他の訳でもう一度読んでみたい。