指栞(ゆびしおり)

すまじきものは宮仕え。

歩かなくなった道。

前の会社を辞めて早いもので六年が経った。六年前の秋から冬にかけてハロワに通っていた。月に一回は失業手当をもらう手続きをしに。また希望の職場が見つかったときには紹介してもらうために。歩いて行けないことはなかったので小一時間かけて歩いて行った。今だから言うけど、と家人は言う。ハローワークに出かけるときはいつももう二度と帰って来ないんじゃないかって思った。それくらい悲壮な感じがしたんだろうと思う。それはわかる気がする。でも帰らない訳はなかった。他に帰るべきところなどない。自殺でもするのでなければ。でも自殺は少なくとも一度も考えなかった。妻子を残してひとりで死ねる訳がない。
塾を開いて五年半、別に避けている訳ではないんだけどそのハロワへの道を滅多に歩かなくなった。小学生だった子供と毎週散歩していた頃何度も通った道だ。途中に結構大きな商業施設があってそこへ行くためによくその道を使った。地下鉄でもバスでも行けるんだけど子供と僕は歩いた。今でもその商業施設自体にはたまに行く。でも家人とふたりなので歩かずバスや地下鉄を使う。だからその道を歩くことはほとんどなくなった。そこを歩く必要がもともとなかったとも言える。
途中においしいパン屋さんがあったのを思い出して家人が懐かしがりふたりで歩いて行ってみようということになって先週出かけた。途中と言ってもハロワへの全行程の十分の一ほどの道のりに過ぎない。道の両側にある店は結構様変わりしていた。どのくらい歩いてなかったのだろう。二、三年は経ってる気がした。そしてそこにはハロワに通っていたあの冬の心持ちがまだリアルに染みこんでいた。重く悲しいのにどこか軽々しくて乾いた感じがする。その独特な感情はなかなか捨て去ることができないように思えた。でもそれをなんだか懐かしいと思う程度には回復できている気がした。回復できてよかったと思った。