指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

突破口。

 

ピアノ・レッスン (新潮クレスト・ブックス)

ピアノ・レッスン (新潮クレスト・ブックス)

 

  「巨大なラジオ/泳ぐ人」を買ったとき隣に積んであったので思わず一緒に購入してしまった一冊。アリス・マンローという名前は知っていたけどどういう人かは知らずもちろん作品を読んだこともなかった。新潮クレスト・ブックスを買ったというのも二十何年ぶりなんじゃないかと思う。ベルンハルト・シュリンクの「朗読者」以来か?ちなみに表題作はジェーン・カンピオン監督、マイケル・ナイマン音楽の映画「ピアノ・レッスン」とはまったく無関係。余談だけどこの映画はとても好きな一本でサントラのCDも持っている。メインテーマを頭の中に思い浮かべることもできる。
 うまく言えないんだけどところどころに不思議なことが書いてある短編集だ。絶対に体験したことがない感じ方なのにいつかどこかで感じたことがあるような既視感のようなものを覚える。作者と言うかもう少し正確に言うなら語り手はそれを確かに知っている。そしてそれを読む自分も知っているはずがないそれを確かに知っているような気がする。それは語り手と自分の間だけで成り立つ共犯関係のような感覚だ。そして不思議なことにその共犯関係を通路にして自分はどこか遠いところに連れて行かれるように感じられる。誤解を恐れずに言うならそれはどこか別の世界への突破口のようなものなのかも知れない。語り手に共感することを通して壁の向こうの自由でよろこびに満ちた何かに指先が一瞬届くような。その得も言われぬ感触は、この作者独自のもののように思われた。ほんとにうまく言えてないんだけどまあそんな感じ。