指栞(ゆびしおり)

すまじきものは宮仕え。

K先生のとびばこ。

 K先生は僕が小学校四年生のときの担任で算数と体育が専門のように思える男の教師だった。たぶん小学校教師に専門も何も無いんだろうけどなんとなくそんな印象があった。当時三十代半ばに見え髪はいつも爆発したみたいにつんつんしていてもみあげが濃く太った体はいつもスポーツウェアに包まれていた。剛胆と言うかあまり細かいことを気にしない人だったが怒ると恐いので一部の悪い生徒には怖がられていた。この先生については楽しい思い出があってそれは放課後生徒数人で教室に残って先生と話していると先生がお金を出して校門前の駄菓子屋でお菓子やアイスクリームを買ってくるよう言われることだった。僕らはそれを買って来て先生と一緒に食べながらまた話をした。そんなことが何回かあったような覚えがある。何を話していたのかは全然覚えていないけど先生から特別扱いされたようなうれしい感じはどこかにはっきりと残っている。もうひとつあってそれは夏休みの間の水泳クラブだった。クラブは誰でも入れたんだけどタイムの速い生徒は大会目指してがんばっておりそうでない生徒は好きなだけ泳ぐことができた。僕は後者だったんだけどこのクラブの担当がK先生だった。たぶん毎日数時間は泳いでいたと思う。9月が来てクラブが解散になるとき全員で25mプールの中を楕円を描きながら歩いて大きな水の流れをつくり流れるプールにして遊んだ。それは楽しかったけどクラブが終わってしまう寂しさは拭えなかった。その日が曇り空だったことまで覚えている。
 僕は鉄棒の逆上がりができなかったんだけどそれをできるようにしてくれたのもK先生だった。クラスの何人かが放課後校庭の隅の鉄棒に集められるとそこには何台かのとびばこが用意されていた。生徒ごとにとびばこと鉄棒の距離を調節した後先生はとびばこの最上段に足をかけて逆上がりをするように指示した。足先が充分に持ち上がっているそこから逆上がりをするのは簡単だった。その状態で十回連続で逆上がりが成功するととびばこは一段低くなった。そこでまた十回成功で一段低くなり、次もまた十回成功で一段低くなった。何度か繰り返すうちに、僕たちはとびばこをまったく使わない普通の地面からでも逆上がりを成功させることができるようになっていた。そこまでに数日かかったけど日にちの差こそあれ逆上がりができない生徒は結果的にひとりもいなくなった。すごい知識だったしすごい思いの強さだった。今僕も生徒さんがわからないところを教えるとき前へ前へと戻ってできるだけ基礎的で簡単なところから教えるようにしてるんだけど、ああ、これってk先生のとびばこと一緒だとその度に思う。