指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

間違いなく我々は出会った。

 山口さん(id:mizuirochan)の最近のエントリからの引用。山口さんと形はちょっと違うけどうちの夫婦もウェブを介して知り合った。こちら側からきっかけを説明すると当時勤めていた会社でPCをインターネットにつなげという指示をもらったことに端を発する。社長が富士通の熱狂的ユーザーで会社のPCはすべてFM-Towns、ソフトは富士通のF-Basicという言語を使って社長が自分でプログラムしたものを主に使っていた(この辺は何回か触れた。)。インターネットに接続する目的で当時出始めだったFMVという富士通DOS/V機が購入され(FM-Townsという機種でもMS-DOSWindowsは動作したが、それはTowns-OSという富士通の独自のOS上をエミュレーター的に動いていたんじゃないかと思う。パソコン通信はできてもインターネットは無理だったような記憶がある。)富士通系のプロバイダのInfoweb(現@nifty)にサインアップすることになった。もしこのときInfowebが選ばれたのでなければ家人と僕は出あうことがなかったと思われる。どこのプロバイダも当時同じようなサービスをしていたがサインアップするとウェブサーバをなんMBか無料で借りることができて僕はそこに会社のサイトを置いた。そうしたユーザーどうしを紹介し合うサービスもInfowebは行っていてそれを通していくつかのサイトの制作者と知り合った。その知り合いのそのまた知り合いが家人で、彼女もInfowebのユーザーだった。僕はせっかくHTMLが書けるようになったので個人的にInfowebに別アカウントでサインアップして自己紹介サイトみたいなのを開きそこにWEB裏技さんのプログラムを利用してBBSを置いた。結構な数の知り合いが同じことをしていて家人のサイトにもそのBBSがあった。それで我々は日に一回は知り合いのサイトを回ってコメントを書き自分のサイトに書かれたコメントにレスをつけた。最後にはその作業だけで日に二時間くらいかかるようになったけどどうやってそこから足を洗ったんだろうか。
 そのうちに家人が何かで相当悩んでるらしいことをサイトで知ったんだと思う、それについてメールを送ったそうなのだが僕自身は覚えていない。それから数台PCを替えたのでそのメールも残っていない。ただかわいらしいデザインのサイトをつくっていた家人にはウェブ上の知り合いも相当いたらしくその悩みに答えるメールもいくつかあった。その中で僕のメールがいちばん的を射ていてそれがすべてのきっかけだったと家人は言う。今でもバイトの面接とかの話をするとあなたは見当違いのことは絶対言わないから大丈夫と絶大な信頼だ。ただそういうことがお互いにわかり合えたのはとても大きなことだったと思う。僕には家人の悩みの本質がわかり家人にはそれを理解してもらえたということがわかったということは。それから頻繁にメールをやりとりするようになったが家人が十歳も年下であることは知ってたのでその先へ進む気はなかった。どういうきっかけだったかこの子は自分のことが好きなのかも知れないと感じたときも吉本隆明さんの往相と還相の話を持ち出してお互いあまり深入りすると引き返すことができなくなるかも知れないと言った覚えがある。それを一変させたのが家人からのいちばん初めの電話だった。電話で話したいと言うので話したのだけど本人は緊張してほとんど話すことができなかった。僕だけがひとりで話していたような気がするけどそうまでしてこちらに近づきたいという思いの強さは本当によく伝わってきた。この子は一世一代の覚悟で話しかけてきたんだと思った。それに打たれた。それから毎晩のように電話で話すようになり急速に親しくなった。その親しくなるなり方は相互に理解し合い受け入れ合ってゆく性質のものでもしかしたらそれまでに経験したことのないものだったかも知れない。いつしか告白がありやがてこの辺がやや神がかっているんだけど結婚の約束をした。一度もあったことがないにも関わらず。でもあったことが一度もなくても一生一緒にいたいと思った。相性とか性格とか価値観とかすごく合ってたのかも知れない。1997年のことで家人が24歳、僕は34歳だった。
 翌年初めてあいに行ってからは何ヶ月かごとに彼女が東京へやって来る長距離恋愛が始まりそれから二年経たないうちに結婚した。その間もずっと家人はサイトを維持して結婚してからも日記を更新したりしてたけどプロバイダを替えたのを機にサイトを閉めたんだったと思う。だから同じタイミングで僕もサイトを閉めたんだろう。家人のサイトのURLは今でも覚えているけどもうブックマークはしていない。そこを訪れることももうない。その点は山口さんとは少し違っている。