指栞(ゆびしおり)

すまじきものは宮仕え。

「ねじまき鳥クロニクル」クロニクルとちょっとした感想。

 「ねじまき鳥クロニクル」は第1部と第2部が同時に出てその時点で第3部が出るかどうかは不明だったんじゃないかという覚えがある。奥付を見ると1994年のことだ。第2部まで読み終えたとき個人的にはこれではお話として終わってないんじゃないかと思った。それから一年と少しして第3部が出たけどそのときに前の二冊を読み返してから読むべきだった。でもその手間を惜しんだので第3部はうまく焦点を結ばなかったんじゃないかと思う。お話としては大変複雑なので細かいところを忘れてしまうと第3部は本当には楽しめない。それが今回はすごく立体的な物語として読めた気がする。腑に落ちないことがほとんどなかったし結末も結末としてきちんと機能していることがよくわかった。全く覚えていなかったけどとても美しい結末だった。美しくてかすかな希望がある。
 物語をすごく簡単に要約すると、妻に失踪された主人公がどうやら妻の失踪の本質的な原因となっているらしい妻の兄、綿谷ノボルから妻を取り返そうとする話ということになる。それでおよそ1,200ページだ。でもそこには様々な登場人物が絡んで物語を折り曲げて行く。その物語の折れ曲がりをたどって行く作業そのものがまずとても楽しい。いったいどういうことになるんだろうと単純にわくわくさせる展開になっている。ここまで読み返して来たあらゆる作品がそうだったように途中で興味が尽きるということが一度もなかった。一方で満州国で軍人をしていた間宮中尉と呼ばれる人物の述懐が主人公に直に語りかける形と、手紙に書かれた形とを合わせてかなり長々と語られる。暴力に満ちたとても血なまぐさい話だ。さらに第3部で重要な役割を果たすナツメグという女性の父親が獣医で、その人の満州国での話も語られる。こちらも相当に血なまぐさい。これらが主人公の物語とどのように接続するのか少なくとも初めて読んだときにはよくわからなかった。今なら何か言えそうな気がする。主人公の妻の兄、綿谷ノボルは相当に邪悪な存在らしいが綿谷ノボルについての描写だけではその邪悪性について充分リアルに伝えられないと考えられたのではないか。そこで戦争の生々しい残虐さを描くのに相当なページを割くことによっていわば綿谷ノボルの邪悪性に歴史的な根拠を与えると言うか、あるいはその比喩と位置づけることによって、リアリティーをより強力なものにしたかったのではないかと思われる。少なくとも個人的にはそう考えると間宮中尉と獣医の話の意味に納得が行く。
 ところでこの本にはドッグイヤーが全く無かった。初めて読んだとき相当戸惑ったんじゃないかと思われる。そしてそれは今考えてみると無理もないことだったかも知れない。