指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

「レキシントンの幽霊」と「神の子どもたちはみな踊る」。

 きれいなスカーレットの表紙を持つそう厚くないムック「村上春樹ブック」を持ってるんだけどこれは「文學界」の1991年4月臨時増刊ということなのでもう三十年近く前に出たものだ。本棚の見えるところにあるんだけど思うさま埃をかぶっていてちょっと手に取る気になれない。ただこれに収録された短篇にすごい違和感を持った記憶が今でも鮮明に残っていてそれは「レキシントンの幽霊」に収録されている「緑色の獣」と「氷男」だった。「氷男」は短篇集「めくらやなぎと眠る女」にも(バージョンは違うかも知れないが)再録されている。だから初出と「レキシントン・・・」と「めくらやなぎ・・・」で最低三回は読んでるはずだけど今回読み返しても違和感が拭えなかった。個人的に思うんだけどこの作品集はおおよそ二種類の作品群に分けられるんじゃないだろうか。ひとつは「沈黙」、「トニー滝谷」、「七番目の男」の系列。もうひとつは「緑色の獣」、「氷男」の系列。表題作と「めくらやなぎと、眠る女」はその中間項みたいに思える(これじゃあ二種類じゃなくて三種類だ。)。そしてそんな風に便宜的に区分けするとこの作品集がとてもバラエティーに富んだ逆に言うと全体としてはややまとまりを欠いたものに思えて来る。ただし作者は「あとがき」でこう言っているのだが。

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(前略)
 書いているときは、とくに深く考えもせずに、書きたいことを書きたいように書いていただけなのだが、こうして年代順に並べてまとめて読んでみると、それなりに自分では「なるほど」と思うものはあった。ひとつの気持ちの流れの反映であったのだなと思った。(後略)
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 でも前者の系列のお話はストーリーとしてわかりやすいし輪郭の整った読後感を与えてくれる。
 それから今回「神の子どもたちはみな踊る」には本当に深い感銘を受けた。これまで読み返した短篇集の中ではこれがいちばんいいんじゃないかと思うけど初めて読んだときにはそれに気づかなかったようだ。2000年の2月刊行だから僕は36歳、前年に結婚したばかりでまだブログは始めていなかった。だから感想は書いてない。二十年前の自分がこの本に関してどんな感想を書いたかちょっと興味はある。
 「女のいない男たち」の「まえがき」に「神の子どもたちはみな踊る」と「東京奇譚集」、それに「女のいない男たち」は収録作をまとめて書いたとある。当然それらの内容にはそれぞれまとまりがある。個人的には「レキシントン・・・」のような成り立ちの短篇集よりこちら側の方が好きだ。視点がそれほどぶれなくて済むので読みやすいということもあるしある種のテーマの連続なので印象が散漫にならないということもある。若い頃はそういうのは邪道みたいなものでどんな物語からも切り離して一作一作を単体として読めという風に思っていたけど今はそうは思わない。連作ということで全体の雰囲気がつくられているならそうしたものとして読んでいいと考えている。その方が味わいも濃くなる。
 どの一篇を読んでも結末できっちりと心を揺らされる。例外はない。いちばんいいと思ったのは「かえるくん、東京を救う」だ。片桐の孤独がラストシーンでもう一度あぶり出される。でもたとえそうであったとしても、彼はかえるくんに出会えて幸せだったのだ。
(後から読み終えた「東京奇譚集」の感想の方が先に書けてしまったので、昨日と今日で記事の順番が逆になりました。)