指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

聴き方が全然違う。

 1980年代の洋楽を紹介するサイトというのも探すと結構あって親近感を禁じ得ないんだけど基本的にそういうサイトにはミュージック・ヴィデオが貼り付けてあって中にはわざわざオフィシャルと記されてるヴィデオも多いのでおそらく版権上は問題ないんだろう。アーティスト名と曲名だけを列挙するこのブログみたいのよりその場で聴くことができて便利だし親切だと思うんだけどそういう曲の聴き方というのがどうもしっくり来ない。個人的な好みを言うとヴィジュアルは必ずしも必要ではない、と言うかむしろない方がいい。たとえばデュラン・デュランの曲は好きで聴くけど映像とセットでしか聴けないとしたらそれを観ながらなんだこいつら(表情とか体の動きとか服装とか)気持ち悪いなとか思いかねない感受性が自分にはある。(だからデュラン・デュランのメンバーの顔なんてひとりも知らない。)この前もローラ・ブラニガンのミュージック・ヴィデオを観たら本人がくねくね踊りながら歌っていてなんて言うかすごい違和感があった。言い換えれば自分にとって楽曲というのはニュートラルでクリーンなものであって過剰な身体性は必要ない。(ただし声や息づかいなどに表れる身体性はとても大切なものだと考えている。)もちろんマイケル・ジャクソンの「スリラー」みたいに手間もお金もたっぷりかけて作り込まれたヴィデオならすごいなこれとか素直に感心したりもできるし実際あれは観ていてすごく楽しいけどそれはまた別の話で、歌ったり演奏したりしてるところをただ漫然と撮っただけのヴィデオの意義はよくわからないと言えばよくわからない。誤解のないように言っておくと別にミュージック・ヴィデオを貼り付けたサイトについてとやかく言ってる訳では全然ない。僕のような変なこだわりを持たなければそれらはとても便利で楽しいものだろうと思っている。
 ところで少し前に古い歌謡曲を塾の空き時間にCDプレイヤーでかけていたらそれを耳にした子供がうちで矢沢永吉さんの「時間よ止まれ」を歌っていたと家人が言う。そんなに気に入ったんならと思って携帯音楽プレイヤーに入れられるようにCDを貸そうかと子供に尋ねるともう持ってるからいいと答える。スマホに直接ダウンロードして聴いてるんだそうだ。聴き方が全然違う。