指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

山火事。

 栃木県足利市で山火事が続いている。僕は足利の出身で二歳半までそこで暮らしたということだけど記憶はない。僕の最初の記憶は三歳のとき当時住んでいた同じ栃木県の宇都宮市でのもので太い木の幹で滑って泣いてるんだけど誰も助けに来なくて変だななんで誰も助けに来ないんだろうと思ったのがそれだ。実はこのとき父親は僕の写真を撮っていてそれで助けに来るのが遅れた。その写真も実家には残っている。それから群馬県渋川市、埼玉県大宮市(現さいたま市)、群馬県高崎市と移り住んでそこで高校に入った。高校での転校が難しいということで父親はしばらく単身赴任して家族は高崎に住み続けた。高校卒業と同時に東京に出て来たのはいつも書いている通りだ。それから少しして父親は足利に家を建てた。そこは父親と母親がかつて職場結婚した地でもある。母親はもともと足利で生まれ育った人なんだけど父親は違う。でも足利に赴任してる間にすっかりその街が気に入ってしまったということでいつかまた戻ってきて住みたいと思っていたそうだ。それで転勤の多い勤め先を早期退職したときに足利に家を建てて当時浪人してた弟も含めて家族三人で移り住んだ。念願が叶った訳だ。それからはずっとそこで暮らした。そして亡くなった。
 空撮の画像で現場を見るとアングルによっては実家も写り込んでるのがわかるほどその山火事は近くに見える。心配で電話したら母親が開口一番子供が大学に受かったかどうかを尋ねた。残念ながらまだひとつも受かってないのでそう言うとでも今後合格発表がある大学は難しいところばかりなんじゃないかと言う。実際まだ発表になってないのは早稲田だけなんだけどそんなことよく知ってると驚くと子供が電話したときの話を逐一聞き漏らさないようにしてたらしい。母親は今でも子供の誕生日と正月に結構な額のお小遣いを送ってくれていてその度にお礼の電話をさせているのでその折に聞いたんだろう。これからの日程で偏差値の低いところもまだ受けるからと言うと多少安心したように思えた。それから火事のことを尋ねると家の周りは霧でもかかったみたいにかすんでいて煙のにおいがひどいということだった。ただ避難勧告が出された地域には入ってなくて間に大きな道路もあるしここまでは来ないだろうと言う。市役所に勤めている弟が仕事で見に行ったけどちょっとやそっとじゃ消えそうにないように見えたと言っていたそうだ。ニュースでも鎮火の見通しは立ってないと言う。前回の電話で懸案と聞いていた父親の四十九日の法要をどうするか尋ねると母親と弟のふたりで済ませようと思うけどお前来るかと尋ねられた。どうしようか考えている。
 あんなに家を大切にしていた父親だから山火事をあやつって延焼させあの世まで持って行こうとしてるんじゃないかと一瞬考える。でも最期は何もわからなくなって亡くなったんだからそんなはずないなとも思う。いずれにせよ生き続けてる人の方が大切なので火事には早く収まって欲しい。ということでお父さんよろしく。