指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

ベイ・シティー・ローラーズ症候群の黄昏。

 始まってもないのにもう黄昏を迎えようとしてる感のあるベイ・シティー・ローラーズ症候群である。である、という言い方も滅多に使わないけどこの場合それがふさわしい気がする。借りて来たベイ・シティー・ローラーズのベストアルバムがリマスタリングしてなくてヘッドフォンで聴いてもAMラジオ程度の音質にしかならない。若い頃はそんなの気にせずひどい音質のAMラジオやモノラルのカセットプレイヤーで平気でたくさんの曲を聴いてたものだけど今はもう駄目みたいで初めてなるほどリマスタリングというのは必要なんだなと思い知らされた。その上聴いても特に懐かしくない。こういうのを思い出補正と言うのか今となっては聴くまでなんだかすごい美化してたように思われてそこはかとなく寂しい。でも聴く前から少しは予期してたみたいで今聴くとがっかりするかもという意味のことをここにも書いたりしている。音がよければまた違って来るんだろうか。でも図書館にリクエストしてた渡辺真知子さんとKISS(ジーン・シモンズのいたあのKISS)のそれぞれベストが届いてるのでとりあえずB.C.R.症候群は黄昏の中頼りない船出を迎えることになると思う。すてきな航海を、とやや皮肉を込めて思う。
 たいていの方には関係ないと思うんだけど今年は中学生の教科書が改定されて特に英語が難しくなった。たとえば今まで高校の学習事項だった原形不定詞が中三で出てくる。中三で扱っていた受動態は今や中二の学習事項だ。ただそういうトピック的なものは教科書を見れば一目瞭然なのでああ難しくなったんだなとすぐわかる。ところがどこにも解説が載ってないのにさらっと教科書の本文に出て来る割と重要な文法事項があってそれらも従来高校で習うことだったので生徒さんたちを戸惑わせてるんじゃないかと思う。たとえば今日は中三の英語の授業で問題集を解いていたらこんな英作文の問題があった。そのままではなく多少の変更を加えてある。
 「彼は私に彼の父親は教師であると言った。」
 正解は「He told me that his father was a teacher.」で詳しく言うと動詞tellが目的語をふたつとっていてひとつは「me(私に)」でもうひとつはthat節(thatからteacherまでのひとまとまり)という構文の学習だ。toldはtellの過去形。ところでご存じの方はご存じと思うけどこの場合that節の中のbe動詞はtoldが過去である影響を受けてisではなくwasと過去形になっている。これを時制の一致と言う。だからこのwasは「教師だった」ではなく「教師である」と現在形のように訳す。すでに学校で授業の終わってるところだったので生徒さんに学校の先生からこの説明を受けたか尋ねると受けてないと言う。さらにこの文をダブルコーテーションマーク(")を使って書き換える問題もあった。正解は「He said to me,"My father is a teacher".」長くなるので簡単に書くとこれは間接話法の前者を直接話法の後者に書き換える問題で書き換えのルールがいろいろある。それについても全然知らないと言う。もしかしたら新しい教科書ではこれらは中一か中二ですでに学習が済んでいて(個人的には考えにくいことだとは思うけど。)今の中三ははしごをはずされただけなのかも知れない。でもそれならそれで出て来た段階で解説を加えるのが先生の役目なんじゃないかと思う。少なくとも僕ならそうする。だってこれまで中学生に時制の一致や間接話法について解説したことなんてないんだから出て来たらすぐにわかるはずだ。あるいは移行期の措置として補遺的な小冊子くらいつけてもいいんじゃないかとさえ思う。これは先生ではなく教科書をつくってる会社に言っている。でも僕なんかが何を言ったところで何ひとつ動いたり改まったりなんてしないだろう。今思い出したんだけど前に一度ある参考書に明らかな誤りを見つけたので版元にメールで問い合わせたら確かに間違ってるので増刷時に改めるとの返信が返ってきてたまげたことがある。それまで間違った記載のまま売り続けるってことなんだね。電化製品なら自主回収じゃないかな。でもまあとにかく世の中というのはそういう風にできている訳でだから今日の後半は単なる愚痴に過ぎない。