指栞(ゆびしおり)

すまじきものは宮仕え。

東京で暮らし続ける。

 何度か書いてると思うけど上京しようと決心したのは高校のときに駿台予備校の夏期講習を受けに来て具体的には神保町の書泉グランデに入ったときその商品量の膨大さに度肝を抜かれてその頃住んでた高崎市なんか(失礼ながら)にいたら取り残されてしまうと本気の危機感を持ったからだった。だから長渕剛さんの楽曲にある、死にたいほど憧れた大東京みたいなフレーズには今でも生々しい共感を禁じ得ない。書店に衝撃を受けたのはその頃からなんとなく何かを書いて生計を立てて行きたいとどこかで思ってたからだと思う。だから基本的にはどんな体験も自分の糧になると考え浪人しようが留年しようが就活がうまく行かなくてバイト先のすごく小さな会社に就職しようがどうせ物を書くんだから構わないと考えていた。一度だけ大手のテレビ局に内定して卒業できなくて取り消しになったときは相当がっかりしたけどもちろん身から出たサビなので誰のせいにもできない。(そこに行くとがんばれば将来ドラマの脚本を書けるようになる可能性があったので志望した。)就職先の扱い商品は割に興味のあるものだったので全然向いてない営業職に配属されても仕事自体をそれほどいやだと思ったことはなかった。そしてどちらかと言えば安い物件に住んで特に贅沢な物も口にせずずっと安酒を飲んでいた。一時期新宿のバーの常連になって結構高いウイスキーとか飲んでたことはあるけどそのときつき合ってた女の子と別れてしまうとそれもやめてしまった。ひとりのときには本を読み音楽を聴いた。本だけは金に糸目をつけずに好きなだけ買おうと決めていた。あとは少しのおしゃれに気を遣うくらいの生活。でもそれを幸せだと思ったことはあまりない。なんて言うか仕方なくやってる感があった。でもそこには後には引けないという固い覚悟があった。そのうち自分は一生このままで特に物を書く生活には移行できないんじゃないかとの思いが強くなった。つまり若い頃の夢みたいなものは失われてしまった訳だ。でもそれも自分のせいであって東京のせいではない。だからたとえ夢破れようとも東京を後にしようと思ったことは一度もない。それは独身のときも結婚してからも変わってない。前職を辞めてわずかながら退職金をもらったとき親身になってくれた友だちのひとりは東京は物価が高いからこれを機に地方で暮らすことを考えたらどうかと提案してくれた。父親も帰ってくるかと言ってくれた。でもとんでもないと思った。地方で暮らすなんて一瞬も考えたことがなかった。金銭的なことを考えたら確かに東京で暮らすのはきつい。家があるならまだしも家賃はずっと払い続けなければならないし詳しくは知らないけど物価も高いのかも知れない。でも上京前に暮らして来たどこででも必ずついて回っていたある物が東京にはない。それはうまく言えないけどある種の寂しさのようなものだ。たとえば冬の風の強い夕暮れに感じる自分はどこへも行ける訳がないんだという寂しい感じだ。もちろん東京にも寂しさがない訳ではない。ひとりで生きることのある種の普遍的な寂しさみたいなものはもちろんある。でも冬の夕暮れのあのどこへも行けるはずがないんだという絶望的な寂しさはない。僕はその感情が本当に嫌いだった。二度と味わいたくないと思ってるし少なくとも東京で暮らしてる限りはそれが可能になる気がする。前職を辞めたときは本当に困り果てたけど地方で暮らすことなど思いも寄らなかったのはあの冬の夕暮れに二度と戻りたくなかったからだ。
 それが僕が東京で暮らし続ける極めて個人的な理由です。従って他の人とは全く無関係であり他の人のことに口出しする気は毛頭ありません。