指栞(ゆびしおり)

すまじきものは宮仕え。

善人なおもて往生をとぐ。

 ちょっと前のことだけど塾に電話がかかって来て出るとそれは慈善団体みたいなものからで塾の生徒さんのひとりからその団体に依頼があってその団体が発行するポイントみたいなもので受講料を払いたいんだけどそれには塾がその団体に登録を申請する必要がある。ついては登録申請を検討して欲しいのだが資料を送ってもいいかという問い合わせだった。その生徒さんが誰かは現状教えられないということでその段階で話の筋がちょっと違うんじゃないかとかすかに思った。私見ではまずその生徒さんから塾の方にしかじかの補助を受けたい旨の申し出があり塾が了承してからその団体に申し込みをするべきなんじゃないかという気がする。また今回はコロナ禍で収入の減った世帯が補助の対象となるとのことで思い当たる節があっておおよそその生徒さんを特定できた。すごくまじめな生徒さんなので役に立てるなら立ちたいと思ったけどもちろん善意というものを基本的にうさんくさいものだと考えているのでその自分の価値観とのせめぎ合いみたいなものが生まれる予感があった。とりあえず資料はメールに添付で送ってもらうことにして電話を切ってうちに帰ってからウェブでその団体について調べると有意の人たちから寄付を募ってそれを使って塾の費用などを補助する団体らしいことがわかった。評判も悪くなさそうだった。メールも届いていてpdfファイルは全部で20ページ以上ある。ディスプレイで読むのは疲れそうだったのでやめて翌日プリントアウトしてる途中でなんでこんなことしなきゃならないんだという気にどうしてもなって来る。なんでこんな労力をかけなきゃならないんだ?それがその生徒さんのためになるのはわかる。そうしてあげたいとも思う。でも自分たちは善いこと正しいことをしてていい気分かも知れないけどその精神的満足のためになんでうちが20ページもあるpdfを印刷したり読みたくもないのにそれを読んだりする労を執らせられなきゃならないんだとその団体に対しては思う。善いこと正しいことのためなんだからそんなの当然我慢すべきだとでも言いたいのか?そこでは善が何か傲慢なものに取って代わられてないか?「善意は地獄への道だぜ。」という吉本隆明さんの言葉が思い浮かぶ。
 それでもまあ読んでみなきゃ始まらないので一応目を通すと登録の申請書を書くのも結構面倒な上に確定申告の控えを提出しろだの登録には審査があるので審査に通らなければ登録できないだのと書いてある。確定申告の控えを見ず知らずの人に見られるなんて虫酸が走るほどいやだ。それにこちらから頭を下げて登録を懇願してる訳じゃあるまいし審査に通らなければ登録できないとは何事だいったい。と不信感でいっぱいだったせいもあり読んでるうちに向かっ腹が立ってそのままほっといた。そしたらよせばいいのに昨日になってまた電話がかかって来て資料は検討してもらえたかと言う。こっちは授業中なんだよ塾に電話するのに時間帯も考えないのかよと思うけどいくつか納得の行かないことを質問する。この内容で登録申請に応ずる塾がどれくらいあるのか。塾に何のメリットがあるのか。なぜ確定申告の控えが必要なのか。申請が通らず登録にならない塾というのはどれくれいありそれはどういう理由によるのか。我ながらまっとうな疑問だと思う。メリット以外は専門の担当者に替わると言うので時間がかかりそうでそれは断る。そしてメリットについてはそう言われれば塾に対するメリットはないとのことでその正直さはある程度評価するけどこれだけ善いこと正しいことをしてる我々にお前は自分のメリットの話をするのか我々の善さ正しさの前に黙ってひざまずくのがあるべきお前の姿ではないのかとでも思ってんのか。そう言われれば塾に対するメリットはないってそう言われればじゃないよそう言われるのが当然じゃないかよ。言葉遣いとかものすごく丁寧なんだけど善さ正しさの側に立つ人特有の無意識の傲慢さが顔をのぞかせている。
 「善人なおもて往生をとぐ 況んや悪人をや」自分を善人と自己規定した傲慢な輩でさえお釈迦様は救って下さる。