指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

「ダンス・ダンス・ダンス」。

 「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の「僕」や「私」も好きだけど鼠三部作の「僕」もやはり好きだ。彼らは今これを書いている僕と「失うこと」を共有している。自分が「失うこと」を誰かと共有してるなんておそらく自分ひとりでは気づくことができなかった。でも気づいてみると彼ら同様僕もたくさんのものを失っていた。そのうちのある部分は取り戻すことができるし他の部分はおそらく永遠に取り戻すことができない。「風の歌を聴け」の「僕」にちょっとだけ習えばこのブログも取り戻すことができたものと失ったままのものをリストアップしただけのただの一覧表に過ぎないかも知れない。鼠三部作は「羊をめぐる冒険」でいったん終わった。それはハッピーエンドではなかったかも知れないけどほんの少しだけ明るい予感を後に残した。それから時が経って思いがけず耳の美しい女の子と羊男を架け橋として「僕」が再び現れることになった。そのこと自体もすごくうれしかったしお話もとてもおもしろかったしキャラクターも皆魅力的だったし最後の一行が疑いようもなく残した明るい印象もうれしかった。だから長らく「ダンス・ダンス・ダンス」を村上さんのいちばん好きな作品と思って来た。この本は表紙から何から全部気に入っている。「村上T」に出版社のノベルティーとしてこの作品の表紙をモチーフとしたシャツの写真が掲載されてるのを見たときいいなあ、これは欲しいなあと思ったことはすでに書いた。その時点ではこのシャツも僕にとっては失われたもののひとつだった訳だ。でもユニクロが多少デザインは異なるけどこの作品のTシャツをつくってくれた。他の小説作品をモチーフにしたものも全種類買ったけど後から冷静になって考えると「ダンス・ダンス・ダンス」が桁違いに気に入っている。それでもう何枚か欲しいと思った。ここから話が一気に世俗的になるんだけどあるとき近くのユニクロへ行ったらもともと1500円だったTシャツが990円になってたので二枚買った。それから何日か前にユニクロのサイトを見たら790円にまで下がっていたのでまた何枚か買おうとしたらXLとLのサイズはそれぞれ一枚ずつしか買うことができずその後サイト上の表示ではこのふたつのサイズはsold outになってしまった。送料が無料になると言うので近くのユニクロの店頭受け取りを頼んで今日取りに行ったらLサイズならまだ何枚か店に残ってるのに気づいた。それでさらに三枚購入。体型で言うとLでもXLでも着られるので。これで向こう何年か夏の僕は「ダンス・ダンス・ダンス」だろう。
 でも今の僕は「海辺のカフカ」がたぶんいちばん気に入ってると思う。いやTシャツではなく作品の話。今のところこの作品が最も不可解だからというのがその理由になる。他に短編にも好きなものがたくさんある。でもその話はまた。