指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

きつい一日。

 午前9時から午後7時まで一時間の休憩を挟んでバイトに入る。最初の二時間半は別部署での仕事の予定だった。最近気づいたんだけどこの別部署での仕事はちょっと楽してねというシフト制作担当のしーちゃんからのメッセージらしい。慣れてくると確かに体は本職よりつらくない。だからまあ少し楽させてもらおうと思って出社すると今日組むはずの僕より背の高い女子大生から今日の僕のシフトは別部署じゃなく本業の方に変更になってると告げられる。この女子大生にも名前をつけておこう。ひろたんでいいか。この子とはなんだか話が合ってシフトが一緒になると結構いろいろ話す。特に話題を探さなくてもなんとなく話すことがあるので組むと僕的にはとても楽しい。今日はひろたんともうひとりの男子学生との三人のシフトだったはずが男子学生が急に来られなくなったので午前中はずっとひろたんとふたりのシフトに変更になったということだった。事務所に行くと社員さんがいたので確認するとその通りだった。せっかくひろたんと一緒のシフトなのに別部署で二時間半は残念だなと思ってたのでその部分ではうれしい変更だった。でも午前中ずっとふたりというのはまったく休みのない勤務が数時間続くということでそれは正直きつい。でもまあ選り好みできる立場じゃない。あるものでなんとかやって行くしかない。なのでいくつかのトラブルを話し合いながら解決しつつ詳しくは言えないんだけどふたりでお互いの負担を減らせるよう気をつかい合いながら時間を過ごして行った。気をつかい合ったってほんとはお互いの負担は全然減らない。でもお互いの負担を減らそうという思いやりは受け取ることができる。同じ負担でもこの相手の思いやりがあるのとないのとでは雲泥の差になる。そういうところが気の合う理由なんじゃないかと思う。大げさでなく親と子くらいの年の差がある訳だけど。こうして通常の勤務をなんとか終えて大変だったけど終わってよかったですねと気持ちよく話し合って彼女は仕事を終える。僕はその後催されるイベントのお手伝いもすることになってるので昼食抜きでまだ残っている。すると同じイベントを手伝うことになってるまーさんがやって来て他の人が準備してる間に更衣室に隠れて少し休んでと言ってチョコレートを渡してくれる。この人の気遣いの大きさは僕より年下なのに母親みたいだ。いやまあ実際ふたりのお子さんの母親なんだけど。それで少し休んで手伝いに出て行くとまーさんが今日の段取りを教えてくれる。このイベントのためのミーティングが三十分以上あり当然僕も参加するはずだった。でも本業の手が離せないので参加しなくていいことになった。実は先月も一度同様のイベントに参加していて仕事の流れは一応把握していた。でも細かいところを詰めるためにいくつか確認しておきたいことはあった。それがミーティングに不参加ということで打ち合わせ無しでいきなり本番に臨むような形になってしまった。ふたり態勢で午前中を乗り切った後の疲労のことも上は一顧だにしてはくれない。もちろんそれが上の方針であるなら文句を言う筋合いじゃないんだろう。ただ僕を思いやってくれたのがひろたんとまーさんという言ってみれば同じ立場で同じ種類の苦労を共にしてる人たちだけだったというのがとてもうれしくてとても悲しい。彼女らの思いは本当にうれしい。でも彼女たち以外の誰もその種の気遣いをしてくれないのは本当に悲しい。
 あやふやなところはあったもののイベントはノーミスで終えることができた。その後反省会が予定されていたが僕は休憩時間が近づいていたのでしーちゃんに断りまーさんにお礼を言っていったん帰宅してお昼を食べずに待っててくれた家人とふたりで昼食を取った。午後3時半。食べ終えてから少しゆっくりするともう仕事に行く時間だ。日曜日は混み合うので午後も仕事はなかなか大変だ。でも三人態勢なので午前中よりはスムーズに進む。進むんだけどひろたんやまーさんから感じ取れる思いやりを受け取ることはできない。思いやりというのはもしかしたらたいていの場合効率という意味では役に立たないのかも知れない。でもそれがあるとないとでは心の温かみが全然違う。きつい一日を体験することでそういうことを思い知らされる気がする。