昼寝してたら電話がかかって来て出ると母親からだった。退院して二週間になるけど咳が止まらないと言う。僕も新型コロナのとき結構長いこと咳が止まらなかったのでそう言うと少し安心したと言う。それから救急搬送されたときの話を聞き入院の手続きをしに行ったときの話をした。なんかお礼するからねと言うのでそんなのいいからと答えた。それでなくても子供の誕生日とお正月に結構な金額を送って来てもらってる。もう二十二だからお年玉でもないと思うんだけどきちんきちんと送られて来る。さすがに就職したら断ろうかと考えている。
最近我ながらちょっと考え方が変わって来たなと思うことがある。それは子供が手を離れ加齢とかで塾も立ち行かなくなったら実家に帰ろうかと思い始めたことだ。都落ち。つまり東京を引き払うということだ。若い頃からどんなことがあろうとそれだけは首肯したことがなかった。でもここ一年ばかりそうするのが現実的なんじゃないかと思えてきた。月数万円の年金で今の家賃を払ってなおかつ生活して行くというのはとてもとても無理な話だ。家人の作品が多少売れたとしても小説家の収入というのはほんとにたかが知れてる。売り上げの十パーセントだからたとえば千円の本が一冊売れて百円。五千部刷ってもらって完売したとしても五十万円にしかならない。しかも初版五千部というのは結構立派な作家の方でも今や刷ってもらえない数らしい。家人の場合は電子書籍が主流になってるから初版の刷り部数云々の話は関係ないけどいずれにせよ作家だけで食って行くというのは並大抵のことではない。だから現在家計に関しては家人の世話にはなっていない。生活費はほぼ全部僕の収入でまかなっている。家人が払ってるのは自分の被服費とか作家仲間との交際費とか美容院代とか要するに自分に対するものにほぼ限られている。まあそれだって持ってもらえば多少なりとも助かるのは助かる。でももし僕ががりがりの守銭奴だったらそんな割に合わない仕事は今すぐ辞めてどこかへ働きに出ろと言ってるところじゃないかと思う。前にも書いた通り外で働くのは向いてないみたいなのでまあ絶対に言わないけど。実家の近くにはプールもあるので監視員のバイトに雇ってもらえれば年金と合わせて食べて行けるくらいは稼げるだろう。固定資産税とか家に関する必要なかかりは弟と折半する。家賃さえなければそこそこ暮らして行けるんじゃないだろうか。でももちろん今の段階で母親にそんな話をするつもりはない。いつになるとも知れない話だし期待だか嫌悪だかわからないけど余計な感情を抱かせるのも申し訳ないからだ。ただそういう可能性もあると考えるとちょっとだけ気が楽になるので今のところは自分の胸の中だけにしまっておいてときどき取り出して眺めては細部を点検している。
今日のスイムは三十五分弱で意地の千メートル。ひとつ気づいたことがあるんだけどそれについてはまたいつか。
以下私信です。それはこのブログに書いたワミさんのお話でしょうか。だとしたらおっしゃっていただいたことは大変よくわかります。見当違いをしてたらごめんなさい。