今日本当に久しぶりに丸善丸の内本店に行って海外文学の棚の前に立ったらポール・オースターの他にジョン・バースも追悼されてるのを見つけて驚く。ジョン・バースも亡くなったんだね。「レターズ」と「やぎ少年ジャイルズ」のみの面陳になってた。他の作品は今プロパーでは入手困難らしい。僕は「やぎ少年ジャイルズ」の他に「酔いどれ草の仲買人」とか「旅路の果て」とか「サバティカル」とか「金曜日の本」とか一応持ってるけどほとんど読んでないんじゃないかと思う。買ったのは随分若い頃で時代はニューアカでありポスト・モダンだった。ジョン・バースはポスト・モダン文学の旗手のように喧伝されていてとりあえず手に入る限りは買ったんだと思う。同じようにして集めたドナルド・バーセルミとかトマス・ピンチョンとかリチャード・パワーズとかの作品がうちの本棚には結構眠ってる。バーセルミは作品数が少ないので全部読んだ。ピンチョンとパワーズに関しては二、三作ずつしか読んでない。今ウィキペディアを参照したら読んだことのある作家ではポール・オースターとかジュリアン・バーンズとかボルヘスとかカルヴィーノ、フリオ・コルタサル、ウンベルト・エーコや個人的にはとてもなじみ深いガルシア=マルケスにコーマック・マッカーシーもポスト・モダン文学の代表的作家に挙がっている。ミシェル・トゥルニエって人も読んだことあるな。村上春樹さんが訳されてるのでティム・オブライエンも手に入る限りは読んでるはずだ。ということはドストエフスキーなどの古典を除けば個人的に好きな海外作家はみんなポスト・モダン作家に含まれることになるかも知れない。あれ?でもレイモンド・カーヴァーは入ってないのかな。ミニマリズムってポスト・モダンじゃないのか。よくわかんないけど。オースターについては前にも書いた通り僕は途中でこの人の読者であることをやめてしまった。これには訳者に対する不信感も一役買っている。でもその不信感についてはとても微妙な話になるし書くだけで疲れ果ててしまいそうなのでいつかまた本腰を入れて書くためのエネルギーがたまったら触れようかと思う。
それとこの前コーマック・マッカーシーの最後の二作が上梓されたのにちなんで(だろうと思う。)マッカーシーが特集されていたのとガルシア=マルケスの遺作が刊行されたからだろう彼の作品も特集されててなんだよオレの時代が来たのかよとか妙な錯覚と共にひとり悦に入る。このお店に対する思いが愛憎半ばするのは個人的にいろいろあったからだ。いいことと悪いことが。でもかなりの数の新刊を喜びに背筋が寒くなるのを覚えながら手に取ってレジへ持ってったお店であることは確かだ。もちろん大切なのは本であって本屋じゃない。どの店で買ったって同じ本なんだから。でもひとつの古き良き時代だったのかなと思うとちょっとだけ感慨深い。
時間をさかのぼると毎月第三木曜日は銀座三越にある不二家の店舗で今はプロパーでは手に入らないノース・キャロライナというキャンディーを買うことができ家人が欲しいと言うので開店前から並んだ。首尾よくキャンディーを手に入れた後東京駅丸の内口近くのQBハウスへ髪を切りに行った。このお店とは相性がよくてたいていほとんど待たずに切ってもらえる。今日も入店後すぐに席に通された。切り終えてから家人に連絡すると丸の内オアゾの地下にあるCanDoにいると言うのでそこまで行きついでだからたまには丸善でも見ようかと足を延ばした次第。行ってよかった。
食糧とアルコールを調達して帰宅。サッポロのラガービールがあったので買って来て飲んだら苦みがきいてておいしかった。また買おう。食後は昼寝で起きてから授業。本調子じゃないのでプールは今日もお休み。バイトは明日から十四連勤の予定。