指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

元カノの話。

 大学で語学のクラスが同じだった女の子とつき合っていた。就職してからしばらくしてお別れした。理由はいろいろある。でもそれについては詳しくは触れない。然るべき理由だったとだけご了解いただければ幸い。彼女は天涯孤独の身だった。父上も母上もお妹さんも亡くしていた。でもそのことについて振り返って悲しむとか悔やむとかそういうことはしていないようだった。仕方ないと考えていたのかも知れない。面と向かって尋ねてみたことがないのでわからない。大体天涯孤独ってどんな感じがするものですかなんて訊けない。お前そんな身の上の女の子とよくも別れられたもんだなという声もあるかも知れない。でもつき合う別れるに身の上は関係ないという気がする。お義理でつき合うなんて失礼なことはしたくない。
 別れた後も元クラスメイトの集まりがあったりするとたまに顔を合わせた。僕と別れた後すぐ会社の同僚とつきあい始めたということだった。生木を力尽くで割くようなつらい別れだったのでそんな短期間で誰かとつきあい始めるとは思わなかった。でも別れたんだから文句を言える筋合いじゃない。時間が経つにつれて顔を合わす機会も間遠になって行った。それでも年賀状のやりとりだけは今も続いている。そして彼女が結婚もせず子供もいないままに今年還暦を迎えたことも知っている。ひとりで生きて行くことを選んだんだと思う。あるいは人に言わないだけで内縁の夫みたいなものがいる可能性もゼロではない。でもそういうことはなさそうな気がする。誰かと一緒に暮らして行ける人じゃたぶんないから。仕事とかはうまく行ってるみたいだ。著書も結構あるしもともと帰国子女で英語が堪能なので訳書なんかもある。最近になって会社を立ち上げたみたいだし長くフリーだったことを考えれば安定して来てるように見える。ただこの人はもう三十年以上たったひとりで暮らしてるんだなと思う。僕のひとり暮らしは十七年間だったのでその倍近い長さだ。家事はひと通り上手にこなすのでそういう意味では特に不自由してないのかも知れない。でもこれからもたぶんずっとひとりのままだ。つらそうな生き方に見える。それもまた失礼な言い方なんだけど。でも自分に忠実な生き方なのかもなとも思う。僕なんかいつからか家族のために生きることに決めたので自分がどうありたいとかあまり気にしなくなった。いや気にはしてるんだろうけど優先順位はかなり下がった。という彼女と僕の行く末をかんがみるとそりゃ一緒になんかいられる訳ないやな。藪から棒にどうしてこんなことを書いたかというと天涯孤独というあり方に少しでもプラスのイメージを与えたかったからなんだけどどうやら逆効果になったみたいだ。ただそれはあくまでも僕から見える世界での話なので異なった視点からすればまた別様に映るかも知れない。
 今日のスイムは24分50秒で千と辛くも25分を切った。まあとにかく泳ぎ続ける。