指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

新しい生徒さんが来た。

 新しい生徒さんが今日初めて授業にやって来た。小三の男の子だ。火曜日の午後は授業がなかったんだけどこれで埋まった。お母さんが送りに来て事務的な話を少しだけして授業が終わる時間を確認してから帰って行った。お父さんとお母さんとの三人で相談に来たときは僕とはあまり目を合わせようとせず不登校がちだと言うし難しい生徒さんなのかなという印象を持った。それとお父さんの話では文章の読解力があまりないそうでもしかして軽い障がいとかあるかも知れないとも疑われた。不登校になる理由として障がいのために勉強がわかりづらいからというのは僕の知る限りでは結構ポピュラーだからだ。いずれにせよ一筋縄じゃ行かないんじゃないかと思えてそれは相当覚悟していた。おそらく障がいが原因で今年はもう三人も生徒さんが辞めてるし。算数は学校の授業を受けたり受けなかったりしててわかってる単元とわかってない単元がまだらに混在してるという話だった。だから夏休み中に一学期の復習をするために使う薄めの問題集がたまたま塾にストックしてあったのでまずはそれの算数のページを解いてもらうことにした。すると特に抵抗もなく素直に取り組むことができて正答率もさほど悪くない。確かに問題をしっかり読まずに早呑み込みして解いてしまう傾向はあるかも知れない。でもそれはむしろ頭のいい子にありがちな問題であって時間をかければいくらでも直すことができる。その上この子がまあよくしゃべる。塾には「MOTHER 2」の主人公であるネスのアミーボが飾ってあり彼はこの前両親と来たときからそれに興味を持ってた。ネスは「大乱闘スマッシュブラザース」にも登場するのでそれで知ってるらしい。自分はロボットを使ってスマブラをやるんだけどなんとか君というとても強い子がいて絶対にかなわないという話から始まってパパのマッキントッシュ(四十万円くらいしたそうだ。)でマインクラフトをやってること。今までに二度引っ越しをして最初は北浦和に住んでたこと。東京に引っ越して来たのはパパが会社が遠いのを嫌がったせいだったこと。引っ越してもその先でたくさん友だちができること。今は英語の塾に通っていて一回の授業が三時間であること。でも今から英語なんてやっても大人になるまでに忘れちゃうんじゃないかと疑問に思ってること。プログラミングの塾は一回二時間であること。先生は小学生のときになんの教科が得意でしたかと問うので国語かなあと答えると自分は理科が得意で特に昆虫の生態には詳しく理科の授業中にクラスの誰にもわからないような知識を披露してみんなに引かれたなんていう話もしてくれる。話だけ聞いてるととても不登校気味な子には思えない。算数の問題を数ページ解いたところで休憩を入れると今のうちにトイレ行ってもいいですかと言うので行かせる。その後算数ばかりでもどうかなと思い国語の問題も解かせると九割方正解する。ただし漢字を使おうとしない点がやや問題なのとやはり早呑み込みなところが見受けられる。でもそれさえなければどっちかと言えばできる子だ。よくできてるじゃんと褒めるとだって答えが本文中に書いてあるからと言う。これには本当に驚いた。彼は国語の問題を解く上でのいちばん大切な秘密を知ってる。迎えに来たお母さんに楽しかったと言ってお母さんは目を丸くして驚いてた。少なくとも今日のところは国語算数共に特に問題らしい問題は見つからなかったこととどちらかと言えば頭の回転が速い子のように思えるということは伝えた。お母さんと塾のドアを開けて出て行った後彼は振り向いてバイバイと手を振りそれから深々と頭を下げた。心から感謝されてるような気がした。少ししてからお父さんからもお礼のメールが来た。こういう体験があるからこそたとえ細々とではあっても僕は学習塾を続けている。