指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

読んだと思ってた。

 確かに持ってた記憶があるのにいざ読み始めてみると初見みたいな気がした。読んでなかったのかなあ。まあ今となっては確かめようもない。吉本隆明さんの食にまつわる雑誌連載をまとめてその一本一本にハルノ宵子さんが短いエッセイを寄せている。一連のハルノさんの吉本家にまつわるエッセイを読んできていちばん強く思うのはそこにはまさに思想家吉本隆明の素顔としか言い表しようのないものが刻みつけられているということだ。そしてまた難解じゃないテーマを扱う吉本さんの筆致にもその独自の思考の跡が鮮やかに保存されている。肩の凝らない(とは言え話は容易に肩の凝りそうな方へ向かい勝ちなんだけど)話題だけにその思考パターンと言うか思考の癖みたいなものがかえって鮮明な像を結んでいる。それは言い換えれば武装を解いた吉本さんの立ち姿を意味する。別の本で常に何かと戦っていたとハルノさんから評される戦後最大の思想家のいちばん最後の休息の時間がそこにある気がする。そこにはどこまでも現役であることを望みながら一方でさすがにもういいんじゃないのと自分を許し始めたリラックス感がある。もちろんハルノさんがこれをお読みになったらそんなことないよお気楽なこと言うなと怒られるかも知れないけど。
 もう一冊「音楽機械論」もやっと読み終えた。失礼ながらこれは一冊の本としては成り立ってないんじゃないかと思えた。成り立ってないと言うかつくった方の独りよがりと言うか。これは動画とか最低限でも音声で提供しなければ多くの読者にとって何を言ってるんだかわからない本になってると思う。もうちょっとわかりやすい道を探るべきだ。楽譜を採録してたってもともと楽譜が読めない人にとってはほぼ無意味だし曲の断片を再生しながら会話を続けて行く部分もその断片の音が聞こえてなければ着いて行けない。時代がこういうあり方を許したんだろうな。吉本さんの発言も異様に「あれ」が多くてその「あれ」が何を意味してるのかよくわからなくて対談ってこれでいいの?感が強い。いやこれ出版する水準に達してないよ。吉本さんに作曲させたってことで押し切れたんだろうな。でも確かにそれってすごいことだと思うけどね