久しぶりに別部署のシフトにこの前まで院生だったヤカさんが入った。彼女と僕は前々からどういう訳かとても馬が合う。それは初めて会ったときからそうだったし今もずっとそのままだ。多くてもせいぜい月に数回しかシフトに入らないのでシフトが重なったときは少しでも話しておきたい。でもそのためにはどちらかが相手のいる部署まで出向かねばならず実はそれが描く動線はかなり不自然なものとなる。簡単に言えば彼女の部署と僕の部署とは普通に仕事をしてる限りほとんど接点というものがない。前回彼女がシフトに入ったときは四十五分間に一度回ってくる十五分間の休憩のときに僕が彼女の部署まで出向いて話をした。子供が院に進むことに決まったし付属の高校で教えることにもなっていたのでアドバイスみたいなものがあれば聞いておきたかったからだ。でももちろんそれは口実に過ぎなくて正直に言うと彼女に優しく受け入れてもらってるという実感を味わいたかっただけだと思う。家人を別にすればそれほど真剣に僕の話に耳を傾けてくれる女の子というのは他にいないし彼女ほどその話に僕が真剣に耳を傾ける女の子も他にいない。彼女は僕にとってとても特別な存在だし僕の見方が間違ってなければ彼女にとっても僕はそういう存在なんじゃないかという気がする。でもそういうのって妻帯者の身にはやはりある種の危険となる。そのことはしっかり自覚してる。だからどこかで引き返す道を見つけなければならない。でも今のところ僕は引き返さず逆に少しずつ彼女に近づいて行ってるように思われる。
今日は初め受付の業務に回されてたので配置についてるとちょっとした用事で彼女がこちらまでやって来た。ついうれしくなって小さく手を振ると彼女も手を振り返してくれて横並びに立ったまま話をした。たわいもない話だ。関係者出入口を開けるためのパスワードを忘れて中に入れなかったとかすごく久しぶりの勤務なので戸惑ってるとかそんなことだ。僕の仕事を手伝ってくれたり逆に仕事の妨げにならないように気を使ってくれたりしながら五分くらい断続的に話してから彼女は自分の部署に戻って行った。たぶんそれが持ち場を離れられる最大限の時間だったんだろう。でも明らかに僕と話をしに来てくれたように思われてそれはくすぐったい感触を後に残した。シフト表によると彼女の勤務は僕より三十分短いことになってたのでいつもの十五分間のお休み(正確にはまったくのお休みという訳ではなく時間帯によってはいろいろやるべきこともあるんだけど。)に彼女の部署まで行ってせめてお別れを言いたかった。でも何度か行っても接客で忙しそうだったので断念した。三十分後もう帰っちゃっただろうなと残念に思いつつ仕事を終えて更衣室に入るとすでに着替えを終えた彼女が菓子パンをもぐもぐやりながら姿を現した。あれ次の仕事があるんじゃないんですかと尋ねると残業してたんです偉いでしょと言うので偉いっつか不憫ですねと笑いかけるとそっか不憫かと言って彼女も笑う。それから結局十分くらいふたりきりで話をした。主に彼女のもうひとつのバイトとこの春に大学院を出たその後のことを教えてもらった。もうひとつのバイトはウェブ関連らしく僕もHTMLは書けますよと言うと私も書けますあれ簡単な割には意外と便利ですよねと言う。なんかこういう細かいところで不思議と話が合う。院を出た後は研究職として大学に残ってるとのこと。明らかに子供にとってのフォアランナーなのでこれからもいろいろ教えてもらえるかも知れない。じゃまたと言って別れた。うちに帰って来てから気づいたんだけどもしかしたら彼女が三十分残ってたのは残業というのももちろんあったんだろうけど僕を待ってたんじゃないだろうか。更衣室でなら好きなだけとまでは行かなくても誰はばかることなくある程度自由に話ができる。彼女はそうしたかったんじゃないだろうか。それが僕の思い上がりによる邪推じゃないなら年甲斐もなくなんとなく甘やかな気分になる。でももちろんそこには幾ばくかの危うさが含まれてる。その証拠にこのエントリを家人に読まれたらちょっと困ったことになるなということが僕にはわかっている。