指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

「そして僕は途方に暮れる」。

 あるときどこからかある一曲が胸の中に舞い降りる。それがいつのことなのかどこからなのかそしてなぜなのかはわからない。ただ気がつくとその曲が胸の中でリピート再生されている。プールの監視台の上で授業の途中でグラスを傾けるさなかでその曲を口ずさんでいる。そういうことって割によくある。それがユーミンの曲だったりサザンの曲だったり坂本龍一さんの曲だったりすれば話は簡単だ。彼らのアルバムはたいてい持ってるので探し出して聴けば済む。済むというのは気が済むくらいの意味だと思う。その曲に対する思いは実際にその曲を聴くと言わば「成仏」することが多い。そんな風にして今回僕のもとを訪れたのは大沢誉志幸さんの「そして僕は途方に暮れる」だった。パソコンにストックしてあるオムニバス・アルバムのどこかに収録されてないかと思って検索をかけたけどヒットしなかった。次にうちにはアレクサがいるのでリクエストすると出てきたんだけどどうも僕が覚えてるものと別テイクのように感じられる。歌い方もアレンジも違うように聞こえる。(余談だけどATOKは「きこえる」の漢字変換に「聞こえる」しか候補を挙げない。だから今「聴こえる」という表記を無理矢理つくってみたんだけどこの表記ってこの世には存在しないんだろうか?)それで例によって図書館で検索すると大沢誉志幸さんご自身のアルバムの他いくつかのオムニバス・アルバムに収録されてることがわかった。他の収録曲も調べていちばん楽しそうな一枚をリクエスト。今日それを借りて来た。昔懐かしい「ザ・ベストテン」の名がついたシリーズの中の一枚。南こうせつさんの「夢一夜」とかチューリップの「虹とスニーカーの頃」とかEPOさんの「う、ふ、ふ、ふ、」とか村下孝蔵さんの「初恋」なんかが入ってる。それらを懐かしい思いで聴いた後十四曲目に収録されてる「そして僕は途方に暮れる」を聴く。「ザ・ベストテン」に初めてランクインしたのは1985年2月ということだ。僕は大学一年。テレビは確か持ってなかったはずだけど相変わらずFMは日常的に聴いてたのでそれで知ったんだろう。カップヌードルのCMに使われてたような記憶がうっすらある。前奏のたぶんシンセサイザーだと思うんだけどベースと言うかリズムセクションの役割を果たしてる音がすごい心地いい。個人的にこういうのほんとに大好きだ。テクノの洗礼を尻尾の先まで浴びてるから。このリズムセクションは前奏から途中でドラムを従えながら一番最後まで心地よさを持続してくれる。編曲を担当なさってるのは大村雅朗という方。全然知らない。後で検索してみよう。それと初めて聴いたときからすごい新鮮だなと思った歌詞は銀色夏生さんのご担当。読んだことないけど詩集たくさん刊行されてる方だよね。「ひとつのこらず君を/悲しませないものを/君の世界のすべてに すればいい」って意味はわかるんだけど言い方になんとなくこうある種の回りくどさがあってこういうの初めてだなあと思ったことをよく覚えてる。テーマは他者性ってことかな。よく知ってるはずの君が「見慣れない服」を着てるって歌い出しからそれはよく表れてる。つまりいっときは自分を受け容れてくれた君が今は受け容れてくれなくなってしまった。でもそれを大げさに嘆くでも怒るでもなじるでもなくただ途方に暮れながらそれでも自分を後にして去って行く彼女を励ましてるみたいなフラットな哀しみとライトな優しさが描かれている。と同時に今や「君を悲しませない」存在では(たぶん)なくなってしまった自分を排除することに決めた彼女を認め許そうという気配も漂っている。個人的にはそこに若干の違和感を禁じ得ないんだけどその割に嫌悪感がないのはどこかでこういう別れ方ってひとつの理想なんだろうなと思わせてくれるからだという気がする。相手をどこまでも労りながらそれでも別れるなんて芸当は僕にはできない。
 それと村下孝蔵さんの「初恋」もよかった。「放課後の校庭を走る君がいた/遠くで僕はいつでも君を探してた」って中学生くらいのときに気になる女の子がトラックを走ってるときのストライドに見とれてた経験が自分にもあるかのような気がしてくるほどリアルだ。こういう切なさを描くのが村下さんの真骨頂だったと思うけどまだ若くして亡くなったのは本当に残念。