家人がアマゾンで「ポケモンレジェンズZA」を買ったのは先週のことだった。それで今はそれにどハマリしてる。彼女がポケモンをプレイするのはこれが初めてだ。年季の入った熱心なゲーマーの割には手を出したことがなかったんだそうだ。レジェンズというシリーズはポケモンのオリジナルのシリーズとは正確には異なるようだ。でもポケモンをつかまえて育て他の人とバトルするという基本ラインは共通してるらしい。長い歴史の中ではポケモンにもリストラされた種類もあれば追加された種類もある。だから僕がもう十五年以上も前に中古のハートゴールドを買ってプレイしてた頃の知識はあまり役に立ちそうもない。大体細かいことはほとんど忘れてしまってる。今でもはっきり覚えてるのはほんとになんの役にも立たないコイキングを我慢に我慢を重ねてギャラドスに育て上げたらこれがものすごく強くて大助かりしたこととエンテイをつかまえるのに一個しかないマスターボールを使ってしまったために肝心のホウオウをつかまえるのに売ってるボールしか使えずうまくつかまえられなくてものすごく後悔したことくらいだろうか。マスターボールは確か絶対に失敗せずに対象のポケモンをつかまえられるボールだったような記憶がある。何のことやら皆目見当もおつきにならない方にはほんとにすいません。あとヒンバス!あれだけ広い地底湖のわずかひとつのポイントでしかつかまえられないってどんだけ無理ゲーなんだよ。と思ったこと。懐かしいと言えば懐かしい。家人も昨日めでたくコイキングがギャラドスに進化したらしくその使い勝手の良さに大変喜んでいる。それはさておき戦術とか相性の良し悪しとかを僕に訊くのはやめて欲しい。調べようと思えばいくらだって手段はあるんだから是非こつこつ孤独に調べて欲しい。ゲームをプレイするって孤独な行為だ。読書や音楽を聴くことや文章を書くことと同じだ。家人と僕はそうした孤独をいとわないという点で共通してる。そして孤独であることをいとわないという基本的な価値観が共有されると他の多くの細々した価値観も自然に共有されるような気がする。そのようにして夫婦は円満に暮らしている。めでたしめでたし。
今日またバイトでやな客につかまった。こちらの言うことをがんとして聞き入れようとしないのでしまいには僕も匙を投げた。帰ってからその話を家人にするとあなたにはかわいい子供とかわいい妻がいるんだからそんなこと気にしないでと言う。それを聞いてそっかあんなに人の言うことに耳を傾けることができない人に幸せな家庭を持つことはできそうもないなとしみじみ思った。お客さん。悪いけどオレぁうちに帰ると幸せなのよ。見たところあんたはそうじゃなさそうだけど。
