マンション清掃のバイトの面接。駅前のお店でお茶を飲みながら割に順調に終わる。いろんな兆候から見て採用されるような気がする。仕事はきついらしい。でもまあ今のバイトをわがままみたいな形で減らすことに決めたんだからそれなりの報いは受けるのが当然。ということにしてとりあえず始めてみようと思う。シルバー人材センターへは来週行くことに決まる。できるだけ手を広げて少しでもいい条件の仕事を探したい。
日曜日のプールのバイトの最中に例のクレイマーの客が来た。そのことを社員に伝えるとじゃあ○○さん(僕のこと)受付に回って下さい。受付の△△君(学生さんの男の子)を監視に入れますからと言われてすごいびっくりした。それじゃあ△△君に悪いのでいいですよ監視のままでと答えるといや□□(以前のシフト係だったしーちゃんのこと。)から聞いてますよ大変だったって。だから受付に回って下さい。と言って△△君が監視に必須の水着の用意をしてないことがわかるとわざわざ新しい水着を渡してまで彼を監視に入れてくれたのでありがたく受付に入らせてもらう。こんなにあからさまに気を遣ってもらえるとは思いもしなかった。社員を等し並みに馬鹿者呼ばわりして本当に申し訳なかった。どこにでも心ある人というのはいるものだ。もっともこの社員は今月半ばに異動になっちゃうらしい。残念。これが日曜日にあったちょっといいこと。
昨日は夜の通常の授業を学校がお休みということもあって夕方に移させてもらった。それで夜の時間が空いた。そしたらプールの人員が足りないとラインが来たのでシフトに入ろうかと思って家人にそう伝えると早く帰って来るって言ったのにと不満そうだったのでやめることにした。五十にも六十にもなって今さらのろける訳じゃないんだけどこの人は今もって僕がうちにいないよりいた方がいいと思ってる節があって時々驚かされる。随分前に亭主元気で留守がいいというCMのコピーが流行ったことがあったし今も定年後に旦那がずっとうちにいて息が詰まるみたいな話とか旦那の定年の日に突きつけられる三行半みたいな話とかよく目にするのにそういうのとは真逆みたいに思える。まあ未だにどこへ出かけるのもたいてい一緒だし僕は僕で外で誰かと飲んだりするくらいならうちで家人とゆっくりしたいと思ってるのでそういう風に考えるとあながち不思議でもないのかも知れない。そう言えば友だちが離婚したという話はこれまで一度も耳にしたことがない。頭のいい人たちというのは存外みんな家庭的なのかも知れない。その両者にはまだ存在が確認されてない不思議な共通項があるのかも知れない。でもそこまで考えると幸せなんて家庭を大切にすること以外の一体どこにあるんだ?という気もしないではない。少なくとも個人的な実感で言えば僕の幸せの大部分は―あるいはもしかしたら全部は―家庭でできている。もっともそれだとひとり者は皆不幸ということになっちゃうのでそれはそれで偏った考え方なんだろう。自分がひとり者だったときに今より不幸だったかと改めて考えてみると不幸と言うか今ほど満ち足りてはいなかったよなとは思う。気分も明らかに今みたいには安定してなかった。さて。今夜も昨夜同様スケジュールは空いててバイトは足りないらしいんだけど家人の不興を買わないためにもシフトには入らない。早めにお風呂入って早めに飲んで早めに寝る。冬期講習は明日でおしまい。