プールでは時々外注のインストラクターがやって来てレッスンを行うことがある。そうしたインストラクターの中のひとりに三十代後半くらいに見える筋肉質の男の人がいる。彼が教えてるのはスイミングではなく音楽を使った水中でのエクササイズだ。レッスン終わりと僕の退勤時刻が近かった頃があってよく更衣室で一緒になったので世間話を何度かした。受け答えのしっかりした感じのいい人だという印象を持った。その人はレッスンを終えるとき生徒さんたちのクールダウンのためにそれまでのアップテンポな曲と異なるメロディアスで静かな曲を流しゆったりした運動で締めくくるのが常だった。ところがあるときそのクールダウンの時間帯にどうしてもしなければならない館内放送があってマイクを使ってそれをした。するとレッスン後に彼からクレームが来た。クールダウンの時間はとても大切なので終わるまで放送は控えて欲しいというのがその主旨だった。それを聞いて僕は相当がっかりした。こちらの非を責められたからじゃなくそんなつまんないことを言う人だったのかという落胆だ。赤い彗星のシャアに言わせれば坊やだからさということになる。この人はいい年してまだ完璧な仕事なんてものがあり得ると思ってるんだ。自分ひとりで行う仕事たとえば小説を書くとか絵を描くとか作曲をするとかそういう場合にはひとりで自分なりの完璧さを好きなだけ追い求めればいい。でも他人も関与する仕事で自分なりの完璧さを過度に追求するのは控えめに言っても勘違いだしもっと言うと他人にとってははた迷惑なだけだ。社会人生活をある程度送ればこの世に完璧な仕事なんてものはないということが身に沁みてわかるはずだ。よほどの甘ちゃんでない限り自分の思い描いた通りの仕事のうち何割かは割り引きされたところであってもそれで手を打たなければならないことを知ってると思う。それ以上を目指せば他人に何かを強いることになるし他人に何かを強いてまで自分の理想を追求することはまともな社会人のすることじゃないからだ。(もっとも僕の敬愛するF1パイロットのアイルトン・セナは平気でそういうことをしたけどああいう人たちは天才であって周囲の人は彼の要求に応えることが仕事なので誰からもとがめられない。当たり前の話だ。)以来クールダウンの時間帯に放送を入れることは百パーしない。もちろんそれは彼の言い分を正しいと思ってるからじゃない。やれやれ駄々っ子に何を言ったところで始まらねえやと諦めきってるからだ。