指栞(ゆびしおり)

前にも書いたかも知れないけど。

昨日の続き。

 足利に着くと改札を出た向かいでレンタサイクルを借りる。タクシーも何台か待ってたのでそれを利用してもよかった。でもタクシーで行くと帰るときにまた迎車を頼まなければならず面倒でもあるし気も遣う。その点自転車なら誰の助けもいらない。気が向けばどこかに寄り道することもできる。三時間で四百円。ママチャリだったけどなかなか軽くて乗りやすかった。前回子供と歩いた道をそのままなぞる。途中でアップルウォッチが自転車でのエクササイズを記録しますかと尋ねて来たので記録してみる。割に気持ちよくサイクリングして二十分ちょっとで病院に着く。日曜はお休みなのでインターフォンで係の人を呼び出すよう弟が指示を受けたということでその通りにして母親の名前と用件を伝える。すぐに看護師さんがやって来て病室まで案内してくれる。前回と違って個室になってた。いらっしゃるのを楽しみに待ってらしたんですよと看護師さんが言う。そうだとしたら来た甲斐もある。前回よりゆっくり目に二十分ほど母親と話す。食事はたくさん摂れてること。弟が個室にしてくれたので周囲に気を遣う必要がなくなり快適になったこと。看護師さんたちがとてもよくしてくれること。家人や子供について尋ねるのでそれに答える。それから看護師さんからとてもいい家族だと言われたと話す。なんか行く先々の病院で看護師さんから同じことを言われてる気がする。一昨年だったか母親がコロナで入院し弟もコロナにかかってて入院の手続きに行けないから来てくれないかと頼まれて家人とふたりで急遽駆けつけたときもいい家族だと看護師さんに言われたと後から母親に聞いた。何か看護師さんたちの胸を打つ要素が我々に備わってないとこうも同じことを言われる訳がないんじゃないかという気がする。それともわざわざ東京から入院の手続きや面会に駆けつける家族ってただ単にすごく珍しいってだけの話なんだろうか。まあいずれにせよそう言われれば悪い気はしない。あまりの折り合いの悪さに母親とはこれ以上一緒に暮らして行けないと思って十八歳で実家を後にした訳だけど。帰りに思い立って回り道して実家に寄った。実家の庭には子供が生まれたときにもらったヤマボウシの木が植えてある。二十数年経って幹もかなり太くなってた。その写真を撮ってからインターフォンのスイッチを押してみたけど応答がない。弟は出かけてるのかも知れない。諦めて自転車に戻りかけるとすごい年寄りっぽいのが家から出て来たので誰かと思ったら他ならぬ弟だった。いやあ老けたな。十年近く顔を合わせてなかったにせよ。どっちが兄でどっちが弟かわからないと母親が言ってた訳だ。上がってく?と家を指すのでいやすぐ行くからと答えて母親のことで立ち話をする。容態が安定してるので病院側からは退院の話が出てるそうだ。でもうちでは面倒を見ることができないので施設を探すと言う。そこは市役所職員なのでいろいろ融通が利くらしい。今回のことで意外に思ったのが弟が状況を一貫して軽く見てたことだ。それってかなり深刻なんじゃないのと思うようなときでもなんでもないことのように話してて驚いた。でも仕事柄母親のような案件を日常的に目にしてるのかも知れない。だとしたら頼もしい限りだ。いちばん気がかりだった費用のことを尋ねると今のところ母親の年金で充分まかなえてるとのこと。よかった。近くまた来るからよろしくと伝えて自転車にまたがる。十年近く帰省しなかった実家を目の前にして中に入らずに帰る。それが特に残念でもない自分に不思議な思いを抱いた。今思い出したけど父親に線香の一本くらいあげるんだった。前回帰省したときはまだ元気だった父親に。家人の好物の古印最中(足利名物。あんこの好きな人には概して好評。つまり僕自身は口にしない。)を香雲堂の本店で買って駅まで戻り自転車を返却して切符を買う。時間があったのでコンビニで簡単な昼食とお茶を買いまたりょうもう号に乗って帰ってきた。浅草までの切符だったけど北千住で途中下車してみた。割にスムーズに帰れたので次回の参考にしよう。帰宅してシャワーを浴びて食べる気になれずに持ち帰った昼食を食べながら一杯やる。それから遅い昼寝。夜はバイト。途中でちょっと気持ち悪くなるけどなんとかラストまで勤める。退院しなければ来週も面会に行こうかと考えている。